第23話 生ハムを巻いて食べると意外と美味しいもの、チョコバー。
俺は35名の人間及びその他の目の前に仁王立ちしている。
右手にはいつぞや出した木刀。
重魔素は最大限まで回転させ、全身には溢れんばかりの軽魔素の光を纏い、目の前には事前に用意していた大量の塩むすび。
準備は万端だ。
しかし、俺の気は重かった。
(こ、こんなに大勢の目の前でやらなくてもいいんじゃないか。テリータに唆された時に、考え不足だった過去の自分が恨めしいぜ。)
並んでいる集団の中からモレナが一歩踏み出し、声を張り上げる。
「全体、気をつけっ!」
少なくとも並んでいた人間達は気をつけの姿勢を取る。
彼らはコレー村周辺の村や集落から雇用された人々である。
モレナを筆頭に、あのあとも続々と助力を乞い願うもの達が続き、全てのもの達と食糧支援の代価として戦力の提供を契約として取り交わしたのだ。
(そのせいで朝の一時間は、食べ物を出す魔法陣を描き続ける日々だが。ま、いっか。その分朝御飯は大量に作ってもらえるしな。おかげで出来るようになったこともあるし。)
その雇用契約の結果、集められたもの達が今、俺の前に並ぶもの達である。
(この世界は、獣人もいたんだよなー。)
俺は35名のうち、人ではない2名に視線を送る。
一人はコレー村の西方にある湿地帯に居を構える蛙の獣人。
もう一人は蟲族のカマキリの獣人が並んでいる。
両者ともに人間の姿勢は出来ないので、それぞれの種の、気を張ったポーズをとっている。
蛙の獣人は舌をピンと真下に伸ばし、カマキリの獣人は鎌をクロスさせた姿勢を。
モレナは初めての俺の部下ということで、いつの間にかこの35名の集団のリーダー格になっていた。
モレナが一歩下がり、集団に戻るとこちらに視線を送る。
俺はこっそりとため息をつくと、諦めて魔法陣を描き始める。
軽魔素の光を纏わせた木刀を地面に突き刺す。
地面に軽魔素の光が描けていることを確認すると、そのまま木刀で地面をなぞりながら後ろに数歩下がる。
(毎朝の魔法陣描きを少しでも楽にするために開発したこの技。やっぱりしゃがんで地面に書き続けると膝に負担が来るからな。これなら立ったまま、しかも大きな魔法陣を描ける。名付けて、秘技、木刀伸身描き!)
下らないことを考えながら、一度木刀を地面から抜き、移動してまた突き刺して移動。そんなことを15回ほど繰り返し、最後に見学している人と、蛙人と、蟷螂人に下がるように伝える。
地面に突き刺した木刀越しに軽魔素の光を地面に描きながら、ゆっくりと書いた神象文字を囲むように歩く。
丸くなるように慎重に目測しながら歩き、何とか描き始めの場所まで戻ると、円を閉じる。
俺は素早く飛び下がりながら、魔法陣の様子を伺う。
気合いを入れて描いた場合、激しく光を噴出していたこれまでとは違う様子。
(あれ、いつものようにならない?もしかして失敗した?)
固唾を飲んで様子を見守る。
(これで失敗してたら赤っ恥だよな……)
しかし、魔法陣は消える様子はなく、ゆっくりと光を出している。光はまるで粒のようにふわふわと立ち上っている。
(一向に発動しないけど、消えもしない、な。)
俺は目の前の巨大な魔法陣にそっと、近づき、軽魔素を纏わせたままの木刀でちょんっと触れてみる。
急速に引き出されていく魔力。
俺はふらっと一瞬立ちくらみのようになるが、何とか踏みとどまる。
どんどん引き出される魔力。軽魔素も重魔素も関係なく、木刀を通して目の前の巨大な魔法陣に勝手に吸い出されていく。それに合わせ、急激にお腹が空いてくる。
「も、モレナ!めし!」
俺は思わず声をはる。
「は、はい!ただいま。」
モレナは積み上げられた塩むすびの山から2つ持ち、俺に届ける。
俺は空いている左手でそれを奪い取ると、丸飲みする勢いで一気に口に放り込む。
わずかに空腹感は癒されるが、すぐに引き出される魔力とともに空腹感は戻ってくる。
「もっとだ!」
俺のその声に、待機していたもの達も次々に塩むすびの山に駆けつけ、どんどん俺の方へと運んでくる。
俺は目の前に次々に差し出されてくる塩むすびに無我夢中でかぶりつく。
視線は次にどこから塩むすびが出てくるか把握するため、忙しく動き回り、口は動画投稿で鍛えた早食い大食い技術を最大限発揮し、高速で咀嚼を続ける。
(あ、あいつこっそりつまみ食いしている。……仲良くなれそうだ。)
咀嚼の合間に、こっそり塩むすびを食べている少女を見つけてしまう。
そうしているうちに、大量の魔力が巨大な魔法陣に引き出されるにつれ、魔法陣から飛び出していた光の粒が噴出するように増え、それがだんだんと形をなし始める。
光の粒が結合し、積み上がり、徐々に上に伸びていくように固体と化していく、それ。
山とあった塩むすびが残り僅かになった頃、ついに魔法陣が消え、そこには今回俺が出そうとイメージしたものが、ドンッと姿を現した。
俺たちの目の前には、『寮』が出来ていた。
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