第21話 お嬢様、靴をはかせてもらう

 球技大会が終わり、早くも文化祭に向けて動き出した部活がチラホラでてきた。

 生徒会としての活動も、来週くらいから本格的に動き出さないと間に合わないが、一週間は生徒会室には足を踏み入れなくて良いだろう。


「サーヤ、足大丈夫? 」

「葵がテーピングしてくれたので、だいぶ楽ですわ」


 球技大会で清華が捻挫してから、葵の運転するリムジンで登下校していた。渉も一緒じゃないと、歩いて行くと言うので、渉も車での優雅な登下校となった。


 清華は、車の広い後部座席に、渉と寄り添うように並んで座っていた。

 渉の太腿の上に置かれた手をチラチラ見て、心の中でため息をつく。


 手……握ってくださらないのかしら?


 清華は、ジリジリと手を動かし、渉の小指に触れるか触れないかくらいに自分の手を移動させる。

 清華はエスコートされる時以外、彩香の教えを忠実に守っていた。


 でも、お母様!

 待っていても、いっこうに進展がない場合は、どうしたらよろしいのですか?!


 渉は、かすかに触れた清華の手にドキッとした。

 距離が近くて、フローラル系の良い香りがするし、ほんの少しだけど触れた指に、意識が全部持っていかれる。


 さりげなく、密着部分を増やしたりしてみたりなんかして……って、痴漢じゃないんだから。


 渉は清華の無邪気さが怨めしかった。意識せず腕を組んできたり、距離が近かったり……、その度にドキドキして、変に意識してしまう。


 この際、大胆に手でもつないでしまおうか?

 男に気軽に触れたらいけないと、理解してもらうためにも!


 ……できるわけないか。


 渉は、さりげなく腕を組んで、誘惑を回避する。


 いうまでもなく、清華には無邪気さなんてさらさらなく、意識しての行為だったのだが、渉が気がつくことはない。というか、渉だけが気づいていない。

 最近では、清華を崇拝する生徒達ですら、信じたくはないが、清華の気持ちに気づいてきているというのにだ。


「清華お嬢様、今日はお客様がいらっしゃいますので、渉様を待たずにご帰宅ください。教室までお迎えに参ります。渉様は、申し訳ありませんが、自力でご帰宅ください」


 葵が職員用の駐車場に車を止めながら言った。


「それは全然いいですけど、客って、僕達が家にいて大丈夫なんですか? 」

「まあ……、遠縁ですが、一応西園寺家の親戚筋に当たりますので、それは問題ないのですが……」


 いつもの葵のハキハキした物言いと違い、何やら奥歯に物が挟まったような……というか、見るからに苦々しそうな口振りだ。


「渉様も、なるべくお早くお戻りください」

「はい、わかりました」


 自分は関係ないのでは? と思いつつも、とりあえず返事をする。

 車が止まり、渉が下りると、清華はわざわざ渉の下りた方に寄ってきて、手を差し出した。

 葵は、清華側のドアを開けようとしていたがその様子を見て手を止めた。


「渉様、清華お嬢様をお願いします」

「あ、はい」


 清華に手を差し出すと、清華は渉の手を取って車を下り、そのままスルッと腕を組んできた。


「参りましょう」

「渉様、今日は教室までお願いしますね。私は朝礼前に校長に呼ばれていますから」


 葵は、清華の荷物を渉に渡すと、さっさと校舎に入って行ってしまった。


「痛かったら、体重かけても大丈夫だからね」

「はい! 」


 清華は、ここぞとばかりに渉に密着する。

 右手にはしがみついてくる清華、左手には二人分の荷物で、かなり歩きにくかったが、なんとか下駄箱まで清華を誘導した。


「靴、履き替えられる? 」


 朝、靴を履く時は、葵に履かせてもらっていたのを見ていた渉は、清華の上履きを渡しながら一応聞いてみた。自分は素早く履き替えて、靴箱に革靴をしまう。


「お願いしてもよろしいですか?」


 清華は、ニッコリ笑って上履きを渉に差し出す。


 まじですか!?


 内心は、心臓が破裂しそうなくらいバクバクしながら、何でもないことのように装い、清華の足元にしゃがんだ。


 靴、脱がすのに、足触ってもいいのか?

 いいんだよな?


 目の前には、清華のスベスベした白い足が……。


 神々し過ぎて触れません!


 革靴を脱がせて上履きを履かせようとしたとき、わずかに清華の眉が寄る。

「ごめん、痛かった? 」

「大丈夫ですわ」


 靴だけ触るようにしていたら、捻った足首に負担をかけてしまったらしい。

 渉は、おもいきって清華の足を掴み、上履きを素早く履かせた。


「逆は自分で履けるよね? 」


 渉は、かなりな疲労感を感じながら聞く。


「はい。支えていてくださいますか? 」

「ああ、もちろん」


 清華はしっかり渉の手を掴み、倒れないように、渉に寄りかかるようにして靴を替える。


 胸…胸!!


 渉の腕に、清華のささやかな胸の膨らみが押し付けられる。


「ありがとうございました。渉さん? どうなさいました? 」


 まさか、あなたの胸が腕に当たったから放心してしまいました……とも言えず、渉は咳払いして赤くなった顔を横に向ける。


「いや、別に……。靴を履き替えられるように、ここに生徒会の椅子を用意しておくから。次からは座って履き替えた方がいい。倒れたら危ないから」


 まあ、私のためにわざわざ……? 渉君たら、本当にお優しいですわ。仏様は健在ですわね。


 清華は、渉の優しさに感動しながら、渉に笑いかける。


 一方渉は、もし自分以外の男子の手を借りるようなことがあったら……と考えると、それはなんとしても阻止したかった。

 清華が他の男子に触れる、しかもあんなに胸が……。


 絶対ダメ!!


 渉の頭の中は、仏とは程遠いほど、煩悩でいっぱいになっていた。


「清華様、おはようございます」


 クラス委員の高橋が声をかけてくる。


「ごきげんよう、高橋さん」

「清華様、お手伝いいたします。僕が教室まで!! 」


 高橋は、サッと手を差し出す。

 清華はニッコリ笑って、その手に二人分の荷物をかけた。


「ありがとうございます。渉君、高橋さんが荷物を持って下さるそうです。さあ、参りましょう」


 清華は渉の腕を取ったまま歩き出す。

 荷物持ちと化した高橋は、納得がいかない面持ちで、ご機嫌に歩く清華の後に続く。


 渉は、同じ男子として、可哀想に思いながらも、彼と自分の違いは何だろう? と考える。

 見た目は同じ真面目秀才タイプだし、そんなに違いがあるようには思えなかった。友達という括りなら、同じ分類に入るはずなんだが。ただ、明らかに清華の態度は違っていて……。

 清華が、渉以外の男子に触れることがないことには気がついていた。葵を除いてであるが。


 僕は、男として見られてないとか?

 だから気軽に触れてくるのか?


 真逆な思考に陥った渉は、それが良いことなのか悪いことなのか、判断に苦しんだ。


「渉君、教室ここですわ」


 考え事をしていたら、行きすぎそうになり、清華が腕を引っ張った。


「ああ、そうだよね。じゃあ、昼休みに」


 渉は高橋から自分の荷物を受けとると、教室の前で清華に手を振って別れる。


「はい、お昼休みに」


 すかさず手を出した高橋をスルーし、清華はスタスタと教室に入って行く。


「皆様、ごきげんよう! 」


 どうやら、支えは必要ないらしかった。


 教室の後ろの壁には、球技大会の写真が多数貼ってあり、真ん中にはチアの集合写真が貼ってある。その前にはチア投票総合第一位のトロフィーが飾ってあった。

 チアの写真の真ん中には、ニッコリ微笑む清華と、何故か腕を貸してそっぽを向いている渉が写っていた。


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