第34話 お嬢様、恐怖のお時間です
渉は、駅前で清華を待っていた。
今日は映画を見る約束の日で、なぜか清華からのお願いで、駅前で待ち合わせをすることになっていた。
同じ家に住んでるのに何でだ?
そうは思ったものの、約束の時間よりも少し早く家を出て、駅前の本屋で時間をつぶしてから時間通りに駅前にきた。
友達との待ち合わせ…ってやつをしてみたかったのかな?
少し惜しかった。
清華は、恋人との待ち合わせを体験してみたかったのだ。
五分待ったところで、清華が走ってやってきた。
葵からもらった洋服を着ていて、髪の毛はルーズな感じのおだんごヘアで、後れ毛がユルフワに巻かれていた。
「お待たせ…いたしました。」
息がきれてかすれ気味な声に、渉は思わず生唾を飲み込む。
かすかに汗ばんだ首筋に後れ毛が張り付いて、妙に艶かしい。
「そんな待ってないよ。行こうか?なんか、いつもと雰囲気が違うな。」
ドキドキしてしまって、清華を正視することが難しい。
今日のために、髪型のアレンジを研究し、通常はほぼスッピンの清華が、ナチュラルメイクとやらにも挑戦した。
もちろん、全て渉のため、渉に可愛いと思ってもらうためだ。
外での待ち合わせも、特別感がでて、渉を意識させるのに効果があったようだ。
「少しお化粧をしてみたんですが、どう…でしょう?」
濃い化粧は嫌いだと聞いていたので、渉の反応を伺う。
渉は、清華の艶やかな唇に、どうしても視線がいってしまっていた。
今、清華が目を閉じたら、確実に吸い寄せられていることだろう。
「いいと思うよ。学校じゃないしね。じゃあ、行こうか。もうすぐ電車くるから。」
こんなに艶っぽく可愛い清華を、他の男子生徒に見せたくないだけである。早口に言うと、清華のほうに腕を差し出した。
清華は自然に渉の腕に手をかけ、二人で改札に向かう。
清華達の住んでいるところにも、映画館はなくはなかったが、落ち着いて映画を見るためにも、知り合いのいない隣り町の映画館に行くことにしたのだ。
電車はすいていたが、三つ目の駅だったため、座らずに外の景色を見ていた。
清華が座りたがらなかったのは、エスコートと称して組んでいる腕を離さないといけないからだった。電車が揺れるため、いつも触れているだけだが、しっかり渉の腕にしがみつく。
「少し、意外だったな。」
「何がです?」
「映画…、怖いのダメだと思ってたから。」
文化祭の時も、裕美にお化け屋敷は力作だから、是非見に来なさいと言われていたが、断固として拒否していたのだ。
「私も、見てみたいなと思ってましたので。」
清華の表情がわずかに強ばり、声のトーンも少し上ずる。
あれ?やっぱり苦手みたいだけど…?
「無理してない?」
「そんなことありません!凄く楽しみですわ。何回でも見たいくらいです。」
「ならいいんだけど…。」
それから清華はいつもよりも饒舌に喋り、明るく振る舞っていた。
渉は、まさか自分とデートしたい一心で、苦手なホラー映画にチャレンジしようとしてるなどとは思わず、何か変だなと思いながらも、あまり深く考えなかった。
これから二時間、清華の地獄の時間が始まるのであった…。
映画は全席指定だったので、前売り券を見せ、座席を指定した。
清華が、一番後ろの一番端(少しでもスクリーンから遠い席)がいいと言ったので、そこを予約した。
中に入ると、まだ始まる前だからか、パラパラとしか人がいない。
なぜか、後ろの方はカップルばかりだった。
普通、見えやすい真ん中辺に座るよな。なんで、こんなに後ろに集まってるんだ?
真ん中辺りは、一人できている男性や、同性の友達同士が多く、前はほとんど客はいなかった。
「前評判よりは、入りが悪いね。もっと混んでるかと思った。」
「そうですわね。」
姿勢良く座っている清華は、まだスクリーンに幕がかかっている状態なのに、前を見たまま動かない。
「飲み物とか買ってくるよ。何がいい?」
「お水で。」
「ミネラルウォーターね。」
渉は席を立ち、売店に向かった。
買い物をしている最中、電話がかかってきた。着信を見ると司で、一瞬出ないでいようか悩んだ。でも、映画の最中にしつこくかかってきても嫌なので、しょうがなく電話に出る。
「モシモシ?」
『俺、俺。』
オレオレ詐欺ですか?
「はい、はい。何ですか?」
『今、何してる?』
「外出中です。」
『クリダン(クリスマスダンスパーティー)だけどさ…。』
司は、外出中だと言ったにも関わらず、用件をベラベラと喋り出す。
なら、何してる?とか聞かなきゃいいのに!
もうすぐ映画の始まる時間になってしまう。
渉は上の空で聞きながら、とりあえず入り口の前まで移動した。
それから十分は喋り続け、司は用件を話し終わると勝手に着信を切った。
すでに映画は始まっていたが、ギリギリ宣伝だった。
暗い中、清華の肩を叩く。
清華は、ビクッと震えたかと思うと、ゆっくりと渉を振り返った。
「悪い、司先輩から電話だった。これ、ミネラルウォーターとポップコーンね。」
清華の前を通って席につくと、上着を脱ぎ、左隣りの席に置いた。たぶん、誰もいなさそうだったから。右隣りを見ると、清華は上着を着たままだ。
「脱がないの?」
「エッ?!」
必要以上に驚く清華の上着を引っ張る。
「上着、暑くない?こっち置いておこうか?」
清華はごそごそ脱ぐと、上着をギュッと抱き締めた。
しばらく、ジュースを飲みつつ、ポップコーンを頬張り、映画に集中する。
しばらくすると、なにやらボソボソ話す声やくぐもった笑い声などがし、渉は辺りを見回した。笑うような場面など、一度だってでてきてないのにだ。
なんじゃ、こりゃ?!
回りを改めて見てみて、渉は愕然とする。
目の前の席のカップルなど、全く映画など見ていないようで、ずっとキスしていた。斜め前のカップルは男性が女性の肩に手を回し、女性が男性に抱きついていた。他も、何やらイチャイチャと…。
渉は慌てて清華の方を見た。
まさか映画館がこんな状態になっていようとは?!
…って、映画見てないのはサーヤも同じ?回りすら見えてないし。
清華は、目をつぶった状態で、上着を目の前まで持ち上げ、スクリーンが見えないようにブロックしている。
それでも、音は聞こえてくるから、悲鳴とかが聞こえたときは、小さく震えながら上着に顔を埋めていた。
たぶん、上着を頭からスッポリかぶりたいくらいなんじゃないだろうか?
すっごい怖いの我慢してるんだろうけど…、可愛いなあ。
上着の替わりになりたい!
っていうか、腕くらいならしがみついても、別に…ねえ、いいんじゃないか?
渉は、清華の耳元に口を近づけた。
「もし良かったらだけど、腕貸そうか?しがみついててもいいよ。」
清華は、たぶん映画が始まって初めて目を開けた。
「お借りいたします!」
清華は、渉の腕にしがみつき、肩に顔を埋めた。
渉君の匂いがする!
怖いけど、怖いけど…、幸せですわ!!
それから最後まで、清華が目を開けることなく、ひたすら渉の腕にしがみついていた。
そんな二人の様子を見ている影が二つ。
一つは、男性。一つは、カップルだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます