第33話 お嬢様、映画に誘われる

「渉、映画のチケット貰ったんだが、二人分あるんだけど…。」

 健が映画のチケットを二枚取り出した。

「あ、これ見たかったやつだ。二枚かあ…、遠藤でも誘うかな。」

「お世話になってるんだから、清華さんでも誘ったらどうだ?」

 健は慌てて言う。

 男同士で遊びに行くために散財したわけではない。

 そう、これは葵とたてた渉と清華のデートプランだった。

「サーヤ?これホラーだよ…。」


 ホラーなら、自然とくっつけるだろ!男同士で手を握りあってどうする?!


「もし、清華さんと行くなら、日頃のお礼に美味しい物でもご馳走してきなさい。小遣いやるから。」

「まじ?」

 健は、財布から一万円を抜き取る。

「一万も?!やった!」

「ちゃんと、清華さんをエスコートするんだぞ。」

「いつもさせられてるよ。」


 デート…になるのかな?

 夏休みぶりだな、二人で出かけるの。


 渉は、チケットを受けとると、清華の部屋に向かった。


 その一時間前、清華は葵に呼ばれて葵の部屋を訪れていた。

「葵?何の用かしら?」

「申し訳ありません、お呼びだていたしまして。」

「かまわないわ。どうしたの?」

「実は…、イギリスの友人に頼まれまして、洋服を購入したんですが、サイズを間違えまして。」

「まあ、それでは取りかえてもらわなくては。」

「それが、プレゼントしようと、値札等を切ってしまったのです。私が着れる服でもありませんし、できましたら、お嬢様にもらっていただけないかと…。」

 葵のベッドの上には、暖かそうなベージュのニットワンピースに、焦げ茶のフェイクファーのショート丈のコート、同系色のブーツにバックまである。


「靴やバックは大丈夫なんでしょう?」

「いや、まあ、そうなんですが、一応コーディネートもあるので…。一緒にもらっていただければ。」

 清華は靴のサイズを確認する。

 23センチ、清華の靴のサイズである。

 洋服も見る限り、清華にぴったりのサイズに見えた。


「本当にイギリスのご友人にですの?」

 葵は、降参とばかりに両手を上げた。

「少し早いですが、お嬢様にクリスマスプレゼントでございます。西園寺家では、クリスマスを祝う習慣はないですが。」

「あら、今年はやりますよ。渉君のお母様がやっていたように。」

「そうなんですか?では、改めまして、お嬢様にクリスマスプレゼントでございます。」

「着てみてもよろしいかしら?」

「ここでですか?どうぞ。」

 清華はうなずくと、ニットのワンピースに着替えた。

 ほっそりとした清華の体型にピッタリで、女らしいシルエットをしていた。

「お似合いです。渉様とデートするときにでも着てください。」

「ありがとう。とても嬉しいわ。でも…、誘っていただけるかしら?夏以降、デートに誘って下さらなくて…。」

 清華は元の洋服に着替えて、貰った洋服をきちんと畳むと、ハアッとため息を一つついた。

「大丈夫ですよ。クリスマスといえば、サンタさんが願い事を一つ叶えてくれるはずですから。」

 葵は、清華の頭に手を置きながら言うと、頭をポンポンと叩いてから洋服類を袋に入れて清華に手渡した。

「そうですわね!今まで、十六回いらしてもらってないのだから、十六回お願いを聞いてもらわなくては!」

「それは欲深過ぎです、お嬢様。」

 清華はクスッと笑うと、葵に抱きついてお礼を言い、部屋に戻った。

 部屋に戻ると、貰った洋服をハンガーにかけて眺める。

 これを着て、渉とデートしている自分を想像した。

「クリスマスデート…。ロマンチックですわ。」


 そろそろ休もうと、寝間着に着替えるために上着を脱いだ時、部屋がノックされた。

「どうぞ。」

 葵だとばかり思い込んでいた清華は、ドアの方を見ることなく返事する。

「サーヤ、あのさ…。」

 入ってきたのは、映画のチケットを手にした渉で、渉の手からチケットがヒラヒラと落ちる。

「エッ?」

 上半身裸の清華が振り返り、渉とバッチリ目が合う。

「あ…あ…。」

 白い背中に、くびれたウエスト、胸はかろうじて腕でかくれていたが、本当にかろうじて程度で、乳房のほとんどは見えていた。

 清華は、慌てて胸を隠す。

「ごめん!」

 渉は最初は放心状態で、目が釘付けになってしまっていたが、清華が動いた途端に理性を取り戻し、慌ててドアを閉めた。

「ごめん、返事があったものだから、つい…。」

「いえ、こちらこそ…。葵だと思ったものですから。」

「エッ?」


 執事という者には、裸を見られてもいいのだろうか?

 いくら、昔オムツをかえてもらったり、お風呂に入れてもらったとしても…。

 いや、葵先生が女性を愛せない体質ということで、同性扱いなんだろうか?


「どうぞ、もう大丈夫ですから。」

 恐る恐るドアを開けると、寝間着に着替えた清華が、やや赤い顔をして立っていた。

「お目汚し失礼いたしました。」

「こちらこそ目の保養で…。」

「はい?」

「幸運な…いや、不幸な事故だよ。」

 これ以上この話題をすると、通俗的な自分が顔を出しそうなので、渉は早々に映画の話しを切り出す。

「親父が、映画のチケットをもらってきたんだけど、次の休みにでもどうかなって。ホラーだから、苦手なら遠藤でも誘う…。」

「行きます!」

 清華は、渉が話し終わらないうちに返事をしてきた。

「あ…、そう?じゃあ、一緒に行こう。親父から軍資金ももらったから、映画終わったら、美味しい物でも食べような。」

「美味しい物!」

 清華の瞳が輝く。


 映画に食事、デートですわ!

 一足早く、サンタさんがやってまいりましたのね?

 葵の言う通りでしたわ!


 渉は、清華が美味しい物に喜んだんだと勘違いした。

「じゃあ、土曜日はバイトだから、日曜日でいいかな?」

「もちろん、大丈夫です。とても、とても楽しみで、眠れそうにありません!」


 眠れそうにないって、まだ今日は水曜日で、あと四日あるんだけどな。


 それくらい嬉しいと言いたいのだろうと、清華のことを可愛く思った。

「僕も楽しみだよ。じゃあ、おやすみ。」

「はい、おやすみなさいませ。」


 その夜、壁を挟んだ隣り同士、違った意味で眠れない一夜を過ごしたのであった。

 清華は純粋にデートが楽しみで、渉は不純にさっき見た清華の生肌が目の前にちらついて…。

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