第9話 お嬢様と西園寺家心得
土曜日当日、清華は朝( ? )の二時半から起きて、屋敷中ピカピカにし、おせち料理のように豪華に料理を盛り付け、代々西園寺家につたわる着物を着て、用意万端できあがったのは、九時を過ぎていた。
「お嬢様、この度はご婚約おめでとうございます」
黒沢とばあやが、清華の部屋にきて、正座して頭を下げた。
「ありがとう」
清華も正座して頭を下げる。
「ご婚約に際しまして、西園寺家女子に伝わります心得を口伝いたします」
黒沢は部屋から出て行き、ばあやと清華二人だけになる。
「其の一、旦那様以外の男性と二人きりにはならない。其の二、旦那様より先に起きて身だしなみを整える。其の三……」
つらつらとばあやは心得を暗唱し始め、清華は神妙な面持ちで聞いていた。
「其の三十五、……ここからは夜の営みの話しになりますので、それは御婚礼の前にお話しいたしますが、……夜の営みについては、ご存知でいらっしゃいますよね?」
清華は、ニコニコと首を傾げる。
ばあやは、やや頬を染め、大きく咳払いした。
「男女のまぐわい、同衾、……若者言葉で申しましたら、セ……セックスということにございます」
「やだわ、ばあや。私も子供じゃございませんわ。子供を作る行為だということくらいは知っています。ただ……」
「ただ? 」
清華は、真面目な顔でばあやににじり寄り、小声で続けた。
「男性の精子と女性の卵子が混ざること……というのは理解しておりますが、どうやって……というのはいまいち理解しておりません」
授業として、受精の仕組みは習ったものの、その過程については未知な出来事であった。
小学生くらいのときに、兄姉のいる友達などから興味本位で聞いたり、テレビや雑誌などでなんとなく知識を得ることが多いのだろうが、清華にそんな卑猥な話しをする友達など存在するべくもなく、また家のことが忙しすぎて、テレビなど見ることもなければ、お金がないから雑誌も買わない。
清華には、その手の情報がいっさい入ってこなかったのだ。
「あの、お付き合いしましたら、何をするかはご存知でございますか? 」
「あら、嫌ね。それは、もうしていただきましたわ。」
清華は、ポッと頬を染める。
「手をつなぐんですわよね」
ばあやは、口をあんぐり開けて、まさかそれだけではないだろうと、突っ込みたくなりつつ、最愛のお嬢様に大切な教育をしてこなかったことを悔いた。
「そうですね、まず手をつなぐかもしれません。その後は? 」
清華は、さあ? と首を傾げる。
「目を閉じるんですわよね? でも、目を閉じましたけど、なにもおこりませんでしたわ」
「さようでございますか……。目を閉じるだけでは駄目なのです。接吻はご存知ですか? キスにございます」
「唇をつける挨拶ですわよね? 外国の方々がする」
「それもキスにございますが、ばあやが言っておりますのは、恋人同士のにございます。目を閉じるのは、恋人同士のキスをするためでございますから。……わかりました。これは、御婚礼の前にお渡しする習わしになっておりますが、先に見ていただいたほうがようございましょう」
ばあやは、懐から年代物の巻物を取り出す。
西園寺家女子心得……と書いてあった。
「其の三十五以降のことは、こちらに図解してありますので、こちらをお読みください。では、婚約者殿がいらっしゃいますまで、御熟読くださいまし」
ばあやが部屋を出て行き、清華の目の前には巻物が置かれた。
清華は、巻物を手に取り、その紐をほどく。
第一の項、接吻。色々なキスの仕方が書いてあった。首の角度から、舌の動かし方まで。
舌を入れるキスの描写に戸惑いながらも、清華は恥ずかしいというより、キスにも種類があるのかと、興味津々読み進める。
第二項 、愛撫。男性に対する愛撫の仕方、男性に愛撫されたときの反応の仕方などが書いてあった。
このあたりから、清華の表情は険しくなり、嫌悪感が広がっていく。汚らわしいというか、そんなことをしなくてはいけない意味がわからなかった。
渉さんは奥手のようだから、きっとこんなことお求めにならないはず……。
第三項、同衾。
これ以上は見ることもできなかった。ただ、どういう行為を行えば子供ができるのかは理解した。
巻物を巻き直し、鍵のかかる机の引き出しにしまう。
こんなことをしないといけませんの? 皆様、経験することなんでしょうか?あんな物を私の……。無理ですわ! 絶対無理!
渉達がくるまで、清華は顔面蒼白、茫然自失状態だった。
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