第8話 お嬢様、距離感に悩む

 そろそろ梅雨に入りそうだが、まだ晴天が続き、初夏のような暑さも感じるようになっていた。


「今日もいい天気でよかったね」


 清華と渉は、ほのぼのとしながら屋上でお弁当を食べていた。


 清華と渉の屋上での会食は、学園の生徒達の周知の事実になっており、その様子を見物するのも、すでに恒例行事のようになっている。最初は見られながら食事するのに抵抗があった渉も、さすがにこれだけ毎日見られていると、馴れてきていた。


「そろそろ、屋上での食事会も終わりにしないとだね」

「えっ?! ……私、何か渉さんに嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか? 」


 清華が、真剣な表情で渉ににじり寄った。

 少し顔を寄せればキスもできてしまいそうなその距離に、渉は顔を赤くしながら、さりげなく距離をとる。


「そうじゃなくて。ほら、梅雨になったら屋上で弁当は無理だろ?真夏はもっとやばいし」

「そう……ですわね。よかった。私、渉さんに嫌われてしまったのかと思って、息が苦しくなりましたのよ」


 そう言って、ニッコリと微笑む清華を見て、渉の心臓はなぜかドキドキする。

 清華は、友人として好意を寄せてくれているのであり、異性としてではない! と何度も自分に言い聞かせた。


 なぜ渉さんはいつも距離をお取りになるのかしら? もっとくっつきたいのに……。恋人って、もっとこうピッタリくっついて……。

 やだわ!

 はしたない考えを……。


 二人して赤い顔をして、噛み合わないことを考えていた。


 清華は、最近カップルをとにかくよく観察していた。

 母親の彩華からは、男性に任せればいいと言われたが、渉はいつも一歩離れた距離を保っているし、任せるも何も、進展がいっさいないのだから、任せようがない。

 自分に何か足りないのでは?と、とりあえず他のカップルとの違いを観察してみたのだが、さっぱりわからない。

 ただ、距離が違うということだけはわかった。

 なので、とりあえずはしたなくならない程度に距離を詰めてみようと試みているのだが、毎回さりげなく距離をおかれてしまう。

 渉と恋人の距離感になること……、それが最近の清華の課題であった。


「そうだ、あのさ家のことなんだけど、清華さんの家族はなんて言ってるの? そろそろ、本気で探さなきゃって、親父と話しててさ」

「もちろん、きていただけたら!って、申しておりますわ」


 初めて渉の家に行った日、家に帰ってから家族会議をしたのだ。

 その結果、婚約者として渉を家に招きいれるということで、全員合意したのであった。

 その後押しをしたのはばあやの豊子だった。どうやってかはわからないが、渉の家のこと、先祖について、父親のこと、渉の成績に至るまで調べ尽くしており、清華の婚約者として大きな問題はないと、太鼓判を押したのである。

 特に家柄が良いというわけではないが、問題ある人物が過去にいるわけでもなく、平々凡々……、まあそんなところではあった。

 西園寺家にとって、良家の子弟であろうが、平民であろうが、格下という意味においては同レベルなのである。


「そうか、なら、次の土曜日にでも親父とその話しをしに行こうかって」


 渉も清華が家にきたあの日、清華が帰ってから父親の健に清華の家の現状を話したのだった。

 最初は半信半疑だった健だが、渉が大量のおにぎりを作り始めたのを不思議に思っていたし、清華のプロ並みの掃除や料理の腕前に、やっと納得できた。


 西園寺家の没落……。


 この地域に住む人間には、信じられない……信じたくない事実ではあったが、それが現実であるならば、少しでも西園寺家の役にたちたいと思うのも、この地域に長く住む人間だからかもしれない。

 そんなわけで、もし西園寺家さえよければ、家賃プラス食事代を支払い、間借りさせてもらうということで話しがまとまったのだ。


「まあ、お待ち申しております。お昼ご飯を用意しておきますので、お昼を食べないでいらしてくださいね」


 清華は嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ、十一時くらいに行くから」

「わかりましたわ」


 次の土曜日は婚約式ですわね!

 張りきってお食事を作らないとですわ!


 清華の中では、渉達が西園寺家に住む=婚約決定の図式ができあがっていた。

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