第7話 お嬢様、父親に紹介される

「お父様、お味はいかがでしょうか? 」


 渉の父親のたけるは、清華の作った筑前煮をガツガツと食べていた。


「うまい! こんなちゃんとした煮物、久しぶりに食べた。味噌汁も出汁からとったんだね。うまいよ。魚の煮つけも上品な味だ」


 健は大絶賛で、箸がとまらない。

 渉の母が亡くなってから、まともな食事は外食で食べるくらいで、家庭料理といえば焼いた肉に市販のタレで味付けし、生野菜のサラダを食べるくらいだった。味噌汁はインスタントが関の山だ。


「弁当もうまかったが、やはり作りたては違うな」

「親父がこんなに食べてるの、久しぶりに見たよ」


 そういう渉の箸も止まらない。


「喜んでいただけて良かったですわ」


 最初清華を家に連れて帰ったとき、健は驚き過ぎて硬直していた。

 事前に女友達が料理を作りにくるとは言ってあったのだが、まさか西園寺家の令嬢だとは思っていなかったのだ。

 清華は割烹着を着ると、まず家の掃除をし始め、洗濯機を回し、とてもご令嬢とは思えない働きぶりで、東條宅をピカピカにしていった。ある程度片付くと、今度は台所に立って昼食の仕込みを始める。その間、父子はソファーに避難していた。


「西園寺のお嬢様だよな? 」

「そうだよ」

「お嬢様って、あんなに手際よく掃除できるもんなのか? プロになれそうだぞ」

「料理だけじゃなかったんだな……」


 テキパキ動き回る清華を見ているうちに、一品二品と料理ができあがり、テーブルの上には食べきれないくらいの料理が並べられ……。


 そんなわけで、きれいになった部屋で、三人で昼食をとっていて、健は清華の腕前を大絶賛していたわけだ。


「お父様のお仕事は、不動産かなにかですの? 」

「いや、研究職。なんで? 」

「お片付けをしているときに、資料みたいなものが沢山あったものですから。全部まとめて、あちらに置いてあります」


 マンションやアパートの賃貸の見取り図のようなものが、テーブルの上に散らばっていたので、まとめて袋にいれておいたのだ。


「ああ、ここが更新の時期になったからね、どうせなら引っ越そうかって」

「お引っ越し?! だから出しっぱなしだったんですね。申し訳ありません、片付けてしまいましたわ」


 慌てる清華に、渉は苦笑する。


「いや、まだ決まってもないし。夏休みくらいの話しだから、まだなんとなく探してるだけで……。あれは、ただ散らかってただけだから」

「そうですか? それで、更新?って、なんですの?」

「ここを借りて、二年に一回かな? 契約をしなおすんだよ。そのときに家賃の数ヶ月分のお金がかかるから、どうせなら引っ越そうかって」

「そう、妻が亡くなって、二人だけでここは広すぎるからね」


 健は、眼鏡を押し上げ、部屋を見渡した。


「そう……ですか。では……、うちにいらっしゃりませんこと? 」


 清華は、躊躇いがちにきりだした。


「は? 」


 父子で同じタイミングで、同じ表情で清華に聞き返した。


「うちは広いですし、使用人の部屋が空いているんですの。毎日空気の入れ替えをするだけでも一苦労で、住んでいただけたらと思いまして……。お嫌でなければ、掃除もしますし、お食事もおつけいたします。そのかわり……」


 清華は、コホンと咳をして座りなおす。


「お家賃をいただければ……と」


 無駄に広い屋敷を有効活用できないかと、常日頃考えていたのだが、知らない人間に間借りさせるのは抵抗があったし、何より西園寺家の現状を知られてしまうのはまずかった。

 渉達ならば、信用もできるし、西園寺家のことも知っている。何より学校以外でも渉と一緒にいられる。

 健は、最初は冗談だと思って笑っていたが、清華がいつまでたってもいかがでしょう? という表情を崩さないので、戸惑いがちに渉を見た。


「清華さん、さすがに即答はできないよ。親父と話し合って返事するんでいい? 」


 渉は、清華が冗談で言っているのでないとわかっていたし、結構切実な提案なんだろうと思った。


「わかりましたわ」


 食事を食べ終わると、清華は手際よく後片付けをして、夕飯まで作り始めた。

 そんな清華の姿をすることもなく眺めていると、モヤモヤと妄想が浮かんでくる。


 キッチンで料理を作っている清華の後ろから、その細い腰に手を回す。

「渉さん? 」

「清華、何か手伝うことある? 」

「大丈夫ですわ。おとなしく待っていてくださいな」


 清華が、渉の頬にチュッとキスをする。


「待てない」


 渉は清華を抱きしめ、その首筋を軽く噛む。


「やん、私は美味しくありませんわよ」

「美味しいよ」

「だ……だめ、包丁が危ないですわ」

「ご飯よりも先に清華が欲しいな」

「だめ!……だめですってば。あ……、そんなとこ……」


 妄想がエスカレートしそうになり、渉は慌てて清華から視線を外した。顔が火照り、渉は参考書で顔をあおいだ。

 さっき、土手で清華がくっついてきてから、思考が怪しくなってきている。

 意識しちゃいけないって思うほど、清華を女の子として意識してしまい、フラフラっと手を伸ばしたくなる。

 今まで、どちらかというと淡白なほうだと思っていたのだが……。


「渉さん」

「ウワアッ! 」


 いつのまにか清華が隣りに座っていて、膝に手をのせてたりするものだから、一瞬現実か妄想かわからなくなる。


「あの、お夕飯作って冷蔵庫に入れておきましたので、食べるときに温めてくださいね」

「あ……あ、うん。ありがとう」

「では、私、そろそろおいとましようかと」

 清華は立ち上がって、割烹着を脱ぐ。


「送っていくよ」

「よろしいんですの? 」

「もちろん」


 渉は健に声をかけ、清華は丁寧に挨拶をした。

 渉は玄関先に用意してあった紙袋を持ち、マンションの駐輪場にある自分の自転車を出してきた。

 紙袋の中身は、清華にあげる米十キロだった。


「二人乗り、本当は駄目なんだけどね」


 前かごに紙袋を乗せると、その上に清華の荷物を置き、自転車に股がって後ろを振り返った。


「乗って」

「あの……どうやって? 」


 清華は、自転車に乗ったことがなかった。


「スカートだし、横向きかな。乗ったら、僕にしっかり捕まって」

「どこに? 」

「腰。手を回すんだ。落ちたら危ないからね」


 清華は、自転車の後ろに腰をかけると、恐る恐る渉の腰に手を回す。


 初めて男の人に抱きつきましたわ!


「じゃ、行くよ」


 渉が一漕ぎすると、自転車が揺れて、清華はギュッと渉にしがみついた。

 清華の胸の膨らみを背中に感じながら、渉はひたすら無心だ無心だと心の中で叫び、清華はそんな渉の心の叫びには気づかず、ここぞとばかりに渉にしがみつき、背中に頬擦りしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る