第16話 お嬢様と執事
「ただいま帰りました」
清華と渉は、一緒に帰宅した。
生徒会の仕事で残っていた渉を、清華はずっと待っていたのだ。
清華の帰りの道順が怪しいということもあったが、防犯の面でも一人で帰すのは心配でもあったため、清華が徒歩で登下校するならば、渉と一緒でなければならないと、清華の祖父に言われていた。
「お帰りなさいませ、清華お嬢様」
清華と渉の帰宅を出迎えたのは、ばあやの豊子でも、執事の黒沢でもなく……。
「
清華は目の前の男性に抱きついた。
「清華お嬢様、もう子供ではないんですよ。レディがはしたない」
男性は優しく清華の肩をつかみ、抱きついた清華を離した。
「葵、いつ帰ってきたんですか?」
「こちらに戻ったのは三日前でございます。色々と忙しく、お屋敷には今日」
「黒沢達も喜んでいるわね。そうだわ、葵、この方は東條渉君。渉君、紹介いたしますわ。黒沢葵、黒沢の孫ですわ」
黒沢葵、そんな名前だった……、噂の代理英語教師である。顔も、今日教壇で見たばかりで間違うはずもない。
「聞いております。渉様、はじめましてではないですね。今日授業でお会いしましたので」
葵は、渉に向かって手を伸ばす。渉も手を出すと、思っていた以上に強い力でつかまれた。若干表情も冷ややかに見える。
「葵はね、日本の大学を出た後、イギリスの執事養成学校に行っていたの」
「はい、執事は私の天職でございますから。英語教師はアルバイトみたいなものです」
「まあ、じゃあ代理の英語教師って葵なのね? 」
「さようでございます。学校では一応先生をお付けくださいませ」
葵は渉から清華の荷物を受けとると、軽くお辞儀をして脇にどいた。
清華は当たり前のようにその前を通り屋敷に上がり、葵は清華に付き従うように後ろについて行く。
イケメン英語教師が清華の執事ということは、やはり清華の好みのタイプとは葵だったわけだ……と、渉は納得しつつ、心の中に冷たい何かが吹き荒れる気がした。
渉が着替えをしてから居間へ行くと、清華と葵が言い争っていた。今まで清華が担当していた家事を、葵が引き継ぐと言い、渉達の部屋の掃除と、食事の支度だけは清華が行うと、頑として譲らなかったのだ。
面倒見が良い子がタイプとおっしゃっていたもの!
渉君のお世話は譲れないわ!
というのが、清華の内々の主張であり、清華にお嬢様然として欲しい葵と、家事奪い合いバトルが勃発した。
「家事など、使用人のやることです。清華お嬢様は何もせず、ただ座っていればよろしい」
「嫌です。渉君達のお世話は、私がすると約束いたしましたので、私がきちんとさせていただきます! 」
「しつこいですね。私が戻ってきたからには、清華様にそんなことさせるわけがないでしょう」
葵は冷静に少し呆れたように、清華は頬を膨らませて反論している。
「あの……」
渉は、恐る恐る声をかけた。
「何か? 」
「何でしょう? 」
二人が同時に渉を見たため、渉はわずかに後退る。
「あの、うちのことはうちでやりますから……。ご飯だけお世話になれれば……」
「まあ、そんなのダメですわ」
「この屋敷にいる限り、それは私達使用人の仕事ですから」
渉にしたら、清香は西園寺家のご令嬢だし、葵は学校の先生だ。どちらに任せるのも、心苦しいことなんだが……。
「はあ……」
自分のことでも、選択権は自分にはないらしい。
その様子を、紅茶を飲みながらにこやかに見守っていた彩香が、紅茶のカップを置くと、ゆっくりした口調で口を開いた。
「掃除は葵、お料理は清華がやりなさい」
「でも、奥様! 」
葵は口を開きかけ、彩香に一瞥されて黙ってしまう。
「料理は花嫁修業にもなります。よほどの財閥にでも嫁がない限り、今時使用人のいるおうちはないでしょう。だから、ばあやだって清華に料理や掃除の仕方を教えたんです」
彩香は、チラッと渉を見ながら言い、ニッコリ笑って立ち上がった。
「この話しはこれでおしまい。清華、お夕飯の支度をしなさい」
「はい、お母様」
いつもはにこやかに微笑んでいるだけで、あまり会話もしない彩香だが、仕切るときはちゃんと仕切れるらしい。
葵は、不機嫌そうにそれでも受け入れたらしかった。清華の言うことには反論もするが、彩香の言うことは絶対なようだ。
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