第15話 南野裕美 登場!
「あなた、西園寺清華のなんなのよ?! 」
学食で本を読みながら清華を待っていた渉の前に、高飛車な感じの一年女子がやってきた。
少しつり目ではあるが、それなりに整った顔をしていて、美人の部類に入るかもしれない。ちょっと化粧が濃すぎる気もするが。
少女は、渉の前の椅子を音をたてて引くと、浅く座って足を組む。
一応自分は上級生なんだけど……と思いながら、渉は読んでいた本を置いた。
それにしても、難しい質問だ。
同居人ということは口外できないし、一番近いのは友達だけど、接点を聞かれたらなんと答えるべきか?
炭水化物やタンパク質と食物繊維を交換していた関係?
渉は少し悩んだ結果、質問には質問で返すことにした。
「えっと、君はだれ? 」
「名前を聞くなら、あなたから名乗りなさいよ」
「東條渉。二年一組、一応この学校の生徒会長だ。で? 」
「
渉が年上と認識したはずだが、やはり高飛車な態度は変わらない。
南野裕美といえば、父親が有名企業の社長で、この町の地域開発にも関わっているはずだ。
清華のように由緒正しいお嬢様ではなく、成り上がりお嬢様といったところか。
他の生徒のように清華を清華様と呼ばないところを見ると、清華を勝手にライバル視しているようである。
「友達? みたいな……感じかな」
「友達?! 家来の間違いじゃなくて? あなた、西園寺清華にお恵みを施されているんでしょ? 車代わりに清華を運んでいたとも聞いたわ」
朝一緒に登校したことだろうが、尾ひれがついて噂が広まっているらしい。
「まあ、一緒にお昼は食べているし、( 今日からは )清華……さんが作っているから、恵んでもらってることになるのかな? 清華……さんを運んではいないから。そこは勘違い」
さすがに学校ではサーヤとは呼び辛い。
「渉君、お待たせいたしました。授業が長引いてしまって」
そこへ、清華がお弁当を持ってやってくると、渉の隣りに腰を下ろした。
「おなかすきましたでしょう? 今日はゴボウの牛肉巻きに、ぶりの照り焼き、さつま芋の煮物……、ご飯は炊き込みにしてみました」
裕美のことは眼中に入ってないように、清華はお弁当の中身を説明しながら、目の前に広げていく。
「美味しそうだね。いただきます」
「めしあがれ」
「ちょっと、ちょっと! 」
仲良く食事を始めようとしていたてころへ、裕美が割って入る。
「西園寺清華、私を無視しないで! 」
「あら、裕美さん。いらっしゃいましたの? 」
清華は、嫌みでもなんでもなく、天然に気がついていなかったようだ。
「ずっといらっしゃるわよ! 」
裕美は、ムッとしたように言う。
「それは失礼いたしました。裕美さんもお昼ですか? 」
「学食なんか安い食事、私が口にすると思ってるの?! 」
「あら、美味しそうですのに」
清華は、回りで食べている生徒のトレーの中身を見ながら、本当に美味しそうだと思った。
値段のわりにボリュームはあるし、何より栄養のバランスを考えて献立が考えられている。
「ああ、うちの学食はレベル高いよ。うまいのでも有名だしね。今度食べてみる? 」
たまには学食にして、清華の負担を減らそうと、渉はさりげなく提案する。
「そうですわね……( でもお金が)」
「いつも美味しいお弁当を食べさせてもらってるからね、僕のおごり。毎週月曜日は学食の日にしようか? 」
「毎週? そんな贅沢じゃ……」
「サーヤも少しは休まないとね」
「サーヤ?? 」
裕美は、すっとんきょうな声をあげる。
ザワザワとしていた学食が、ピタリと静かになった。
渉はしまった! と思いつつも、今さら言い直すのも変だし、知らん顔をすることにした。
「今、サーヤって言ったわよね? 」
「私の愛称ですが、何か? 」
「なんでこの男が西園寺清華を愛称で呼ぶのよ!」
清華はムッとしたように、裕美を睨む。
「この男ではありませんわ、渉君です! 」
「渉だか、悟だか知らないけど、まさか付き合ってるわけじゃないでしょうね? 」
清華は、ポッと頬を染める。
渉は慌てた。学食は静まり返り、みなが清華達の会話に聞き耳をたてていたから。
「いや、付き合ってるとかじゃ……( サーヤ、そこは否定しないと! )」
「こんな平凡な男が、西園寺清華の恋人なの?! 」
初対面の相手に、酷い言われような気もするが、今はそれよりも誤解を解かないと、西園寺清華恋人説が流れることになると、渉は清華に否定してくれるように目配せする。
婚約のことはまだ内々の話しでしたわね。
清華は、渉が婚約のことは黙っているようにと目配せしたと勘違いする。
「恋人……ではございませんわ( 婚約者ですものね )」
裕美は、小馬鹿にしたように渉を見ると、ハンッと鼻をならして立ち上がった。
「下らないことに時間をとってしまったわ。では、ごきげんよう」
裕美が学食から出ていくと、学食のザワメキも戻ってきた。
「あの子、なに? 」
「裕美さんに興味ございますの?! 」
清華が少し慌てたように、渉ににじり寄る。
「興味? 全くないけど……」
渉は身体をさりげなく離す。
「そう……ですか。良かったですわ。裕美さん、お美しいから、渉君が心惹かれてしまったのかと、心配してしまいました」
清華は、ホッとしたように軽く微笑んだ。
あの子の何十倍も、君のがお美しいですけどね……と渉は思いつつ、清華の作ったお弁当をパクついた。
「いや、無用の心配だから。僕は、ケバイのは苦手だし。匂いもきつすぎる」
「渉君の好きなタイプ……って、聞いてもよろしいですか? 」
「タイプかあ? 」
正直、好きな芸能人がいるわけでもないし、幼稚園のときに初恋だった茉希ちゃん、小学校二年生のときに好きになった由依ちゃん、六年生のときに好きになった小百合ちゃん、みんな顔のタイプとしてはバラバラだった。しいて言うなら……。
「面倒見のいい子……かな? 」
「面倒見……ですか? 」
私、お掃除も料理も、渉君の面倒見てますけど、そういうことでよろしいのかしら?
「うん。それくらいかな? 嫌なタイプならいくらでもあるけど」
「例えば? 」
「ケバイ、うるさい、表裏がある、ぶりっこ、……あとなんだ?ああ、香水臭いのもやだ。自分(サーヤ )の好きなタイプは? 」
渉は、みんなが聞き耳をたてているから、清華の名前を呼ぶのを避けた。
「私ですか? 私も、( 渉君みたいに )面倒見のよい方がよいですわ。( 渉君みたいに )眼鏡をかけていて、( 渉君みたいに )真面目そうで、( 渉君みたいに )髪はストレートで……、( 渉君みたいに )あまり身長は高くないほうがいいですわ。( 渉君みたいに )優しい方が好きです」
明日から、ストレートヘアの眼鏡君が増えることだろう。
渉は、ストレートヘアに眼鏡はあてはまるな……などと考えていた。実際は、渉の特徴をあげて、あなたが好きです……と言っているようなものだったのだが。
「けっこう、色々あるんだね。眼鏡フェチだったのは意外だな」
「フェチってなんですの? 」
性的嗜好……みたいな意味であるが、清華にそんな説明をしてもよいものか躊躇われる。
「眼鏡好き? みたいな? 」
「好きという意味ですのね」
それでは、私は渉君フェチですわね。
清華は、そう考えてニッコリ微笑む。
「ところで、話しを戻すけど、南野さんとはどういう関係? 」
「裕美さんは、幼稚園からの同級生で、友達……でしょうか? 私のことを唯一呼び捨てにしてくださる方ですわ。少し意地悪なことをおっしゃったりなさったりするのですが……」
渉は、やはり清華には親しい友達はいないのだと確信した。
あれは勝手にライバル心を抱いて突っかかってきてるだけで、友人とは程遠いだろう。呼び捨ても、決して愛称的なものではなく、対等であるというアピールだろうし。
「そうか。なんとなくわかったよ。ところでさ、今日って、英語あった? 」
渉は、裕美ネタはおしまいにして、今日一番、学園で話題になっている話しをふった。女子に話題……というほうが正しいかもしれない。
「英語の授業ですか? 私のクラスは明日ですわ」
「そっか。英語は渡貫先生に習ってる? 」
「ええ、私のクラスは渡貫先生ですわ。彼女、産休に入られたんですよね? 」
「そうそう。二学期から代理の先生がくることになってたんだよね。で、僕のクラスは午前中に英語あってさ、代理の先生きたんだけど、凄いんだよ」
「凄い? 」
「発音が超ネイティブなんだ。キングオブイングリッシュって言うのかな? ほら、会話のスミス先生はちょっとアクセントに訛りがあるっていうか、独特だよね。それに比べると、凄く綺麗な英語を喋るんだ」
「まあ、明日の英語が楽しみですわ」
渉は代理英語教師の発音の綺麗さ、教え方の上手さに感心していたが、一般的な女子生徒は、彼の見た目に大騒ぎしていた。
身長は百七十くらいだろうか、そんなに高くもないが、全体的なバランスがメチャクチャ良かった。サラサラの黒髪、眼鏡の奥の切れ長の目、鼻筋が通っていて薄く締まった唇。その顔の小ささといったら、向井理ばりに小さかった。その中性的なイケメンぶりに、初日にしてファンクラブができたとかできないとか……。
渉は、ふと考えた。
清華のタイプって、代理英語教師なんじゃないだろうか……と。
教師と生徒の恋愛はタブーとはいえ、二人が並んだら凄く絵になるだろう。まさに、理想のカップル。
渉はモヤモヤする何かを胸に抱えつつ、それが何であるか考えるのをストップした。
一方、清華は代理英語教師のことなどは一ミリも考えてはおらず、さっき聞いた渉の好みのタイプを頭の中で復唱していた。
嫌いなタイプの逆が好ましいってことなんでしょうから、面倒見が良くて、ナチュラルで物静か、裏表がなくて、ぶりっこじゃなくて、シャンプーの香りのするような女の子。
清華に当てはまる気もするが、本人は全く気がついていない。また、渉自身も清華が実はタイプであるということに気がついていなかった。
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