第17話 お嬢様の嗜み

 二日連続で、西園学園の朝はざわつきまくっていた。

 渉の腕に清華が手を添えて歩き、その後ろから噂のイケメン英語教師が清華の荷物を持って歩いていたのだから。


 どうやっても、注目を浴びるよな……。


 渉は、朝家を出るとき、当たり前のように腕を組んできた清華に、おもいきって言ってみた。


「サーヤ、さすがに学校へ行く時は、腕を組むのはどうかと……」


 清華は、渉の腕に手をかけたまま、純粋な笑顔を向けてくる。


「何故ですの? 」


 その下心の一切なさそうな表情を前にすると、何故腕を組むのがダメなのか、渉もよくわからなくなる。

 周りが言っているように、清華にとって渉はただの杖なのではないかとも思えてきた。


「いや、その、周りからいらない詮索を受けるかなって……」


 渉君は、婚約が公になるのを懸念していらっしゃるのかしら?


 清華が観察してきたカップルは、だいたい手を繋いだり、腕を組んだり、とにかく密着して歩いていた。だから、清華も腕を組むのは当たり前にしていいのだと思っていたのだが、渉はそれによって婚約がばれることを心配していると清華は受け取った。


「渉君がお嫌なら……」


 シュンとしてしまう清華に、渉は慌ててしまう。


「嫌じゃない! 嫌なわけない……です」


 食い気味に言い過ぎて、渉はガツガツし過ぎたか? と、清華を伺うように見た。

 清華は特に気にした様子もなく、渉が嫌で言っているのではないと、素直に喜んでいた。


「清華様、清華様をエスコートするのに、嫌がる殿方がいるはずないじゃないですか」

「葵先生」


 葵が、スーツ姿で登校の準備をしてやってきた。

 朝から男前である。

 清華と葵が並ぶと、まさに美男美女の一枚の絵画のようで、この中に混ざるのが躊躇われた。

 先生という立場から、きっと腕を組んでの登校に難色を示してくれるはず! と、渉は期待して葵を見た。


「渉様、女性をエスコートするのは、紳士の嗜みです。なぜ、そんな当たり前のことを、周りからとやかく言われるのですか? 」


 葵は、真面目にそう考えているようで、日本には女性をエスコートをする習慣が根付いていないということを失念しているようだった。


「なら、葵先生がエスコートなさったらどうでしょう? 僕なんかより、よっぽど優雅にエスコートできそうですよね? 」


 渉は、言いながら心臓がズキズキするような痛みを感じる。

 周りから色々言われるのを回避しようとして言ってみたものの、思っていた以上に自分にダメージが大きかったようだ。

 葵は、呆れたように渉を見ると、両手いっぱいの荷物を持ち上げてみせた。

 三人分のお弁当と、清華の荷物( 新学期始めは、何かと荷物が多い)、自分の荷物で持ちきれないほどあったから。


「私は、執事です。お嬢様のエスコートなど、恐れ多くて」


 そういうわりには、昨日清華と家事について言い合っていたけどな。恐れ多くいなら、口答えなんかしないんじゃ?


 言動は確かに清華を敬っているようだが、実際にはお嬢様の忠実な執事というより、厳しい教育係のような感じがした。


 そんなわけで、今日も清華は渉の腕をとって歩き、その後ろを葵が荷物持ちをしながら登校するという、全校生徒がざわついた現象となったわけである。


「清華様、おはようございます」


 みなが遠巻きに見ている中、クラス委員の高橋だけは、唇の端をひきつらせながらも、朝から清華に声をかけられる特権にしがみついて、声をかけてきた。


「ごきげんよう、高橋さん」

「君、西園寺さんの同級生かい?」

「はい、クラスメイトです」

「じゃあ、これを頼む」


 葵は、当たり前のように清華の荷物を高橋に渡すと、じゃあと手を上げて足早に校舎に入っていった。


「あの……今のは? 」

「英語の代理教師。じゃあ、僕も」


 渉も、葵を見習ってサクサクと清華から離れて足早に校舎に向かう。


「あの、清華様、何で英語教師が荷物を? 」


 高橋は、清華と一緒に登校していた二人の後ろ姿を見ながら、あの二人と清華の関係は? と、全校生徒が頭に浮かんでいるだろう質問を投げ掛ける。


「葵……先生は、うちの執事の孫なんですの」


 葵に言われていたので、呼び捨てにはせず、先生とつける。


「お屋敷の関係者……ということですか? 」

「そうですね。私が生まれた時から、葵先生が留学するまで、一緒に過ごしていますから。家族みたいな存在ですわ」


 兄弟のいない清華にとって、葵は兄弟同然と言ってよかった。


「……なるほど。あの……生徒会長はどういう? なんで腕を組んで登校しているんでしょうか? 」


 清華は、ポッと頬を染める。


「エスコート……していただいてるんです」


 婚約者とは内緒だし、朝葵が言っていたことを思いだし、口から出ていた。


「紳士淑女の、嗜み? みたいなことですわ」

「嗜み……ですか」


 さっぱり意味がわからないという表情の高橋を残して、清華はさっさと校舎に入っていく。

 もちろん、紳士淑女の嗜みであると言いきったエスコートを、高橋に求めることもなく。


 ただ、この話しは一日もかからずに全校生徒に広がり、生徒会長になると、清華のエスコート役も任命されるらしいという噂に発展していった。

 来年の生徒会長の立候補が半端ないことになりそうだ……と、この噂を聞いた渉は思った。

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