第18話 司先輩登場?

 西園学園の二学期は、行事のオンパレードだった。

 十月が球技大会、十一月は文化祭、十二月はクリスマスダンスパーティーと、毎月何かしら行事がある。

 なので、生徒会の仕事も二学期がピークとなる。生徒会は、生徒会長一人、副会長二人、運動部長一人、文化部長一人、会計一人、書記二人の計八人で構成されていて、通常ならこれでまかなえるのだが、二学期だけは行事毎にお手伝い係と称して、一年生からいわゆる使いっ走りを召集していた。

 次年度の生徒会役員候補として、自ら立候補する者もいれば、運動部長や文化部長が、部活の一年を指名して、無理やり手伝わせたりと、様々な理由で一般生徒も生徒会に関わることになる。


 渉も、このお手伝い係からの流れで、生徒会長に推薦され、立候補する人間がいなかったため、生徒会長になった……という、経緯があった。


 通常、生徒会は二学期から学年をまたいで一年の任期が多いと思うが、西園学園は二学期に集中する行事の準備もあるため、四月からの一年が任期となっていた。


「渉、球技大会の垂れ幕、準備できてるか? 」

「発注してあります。来週中には届くはずです」

「進行表は? 」

「運動部長に頼みました」

「ちゃんとチェック入れろよ。賞品は? 」

「来週の土日に買いに行ってもらいます。飲食系だけは、球技大会一週間前に届くように手配済みです」

「リスト、もれがないか見直せよ」


 生徒会室で、書類作成中の渉の机にデンと座り、渉に偉そうに指示を出しているのは、副会長の渡貫司わたぬきつかさである。

 彼のみ三年生で、前年度の生徒会長……渉を生徒会に引きずり込んだ張本人だ。


「司先輩、もう二学期始まってますけど……」

「それがどうした? 」


 通常、三年生は引き継ぎのために副会長の任に就くが、だいたいの場合二学期になれば、生徒会に席を置くだけで、事実上は引退するものなんだが……。


「受験勉強なんかは……? 」

「俺は推薦狙いだ」


 推薦なら、余計この時期は追い込みなのではないだろうか? 学科がある推薦もあるだろうし、小論文とか面接対策とか、やることは沢山ありそうなものだ。


「今日はお姫様はこないのか? 」


 お姫様とは、清華のことである。


「彼女は、今日は図書室で宿題をしてるそうです。レポートが出たとか」

「そうか。お姫様に、もっと生徒会室にきてもらえ」

「彼女にお手伝い係は無理ですよ? 」


 清華が使い走りしている姿は、想像しにくいというか、全校生徒からブーイングを受けることだろう。


「客寄せパンダだよ。お姫様がいれば、敬遠されがちなお手伝い係も、みんな進んでやりたがるだろうさ」


 この学園で、清華をパンダ扱いするのは、司ただ一人だろう。

 渉は、呆れたように司を見た。


「そんな発言、彼女の信者の前ではしないほうがいいですよ」


 清華を崇拝しているのは、生徒ばかりではなく、先生……特に年配の先生に多かった。


「しねえよ。推薦取り消しなんかになったら、洒落にならないからな」


 そんな会話を生徒会室でしていた頃、図書室でレポートを書いていた清華の前に、裕美が足を組んで座っていた。


「西園寺清華、あなた、いつまで私を無視するつもり! 」


 無視も何も、勝手に裕美が清華の前に座っただけで、清華はレポートを書いていて、全く気がついていなかった。


「あら、裕美さん。いらっしゃってたの? 」

「いらっしゃってるわよ! 」

「しっ! 静かに。ここは図書室ですわよ」


 清華は、人差し指を口に当て、声の大きい裕美に注意する。


「わかってるわよ! 西園寺清華、あなた球技大会に出る種目は決まったの? 」


 裕美は、 素直に声のトーンを落として、でも態度は高飛車なまま、清華を睨み付けるようにして聞いた。


「確か、バドミントンだったと思いますわ」


 男子はバスケ、バレーボール、野球、卓球、テニスの中から二種類以上選ぶことになっていて、女子はバスケ、バレーボール、卓球、バドミントンの中から一種類以上選ぶことになっていた。


「バドミントンね! なら、私もバドミントンにするわ。西園寺清華、あなたをこてんぱんにしてあげるわ! 」


 こてんぱんに……と言われても、トーナメントだから、うまく当たればいいが、下手したら決勝に残らないと当たらないかもしれず、そこまで残れるかどうかもお互いに怪しい。


 勉強では裕美は清華に敵わないせいか、小学校の時から、運動会というと清華に張り合ってきていた。清華的には、裕美に勝とうとか負けたくないとかは全くないのだが、裕美が一人で勝手に挑戦してきては、勝っただ負けただ言っては、喜んだり悔しがったりしていた。

 それは、高校に入っても代わらないようだ。


「お互いに頑張りましょうね」


 清華は、レポートを書き終えると、帰り支度をし始めた。


「じゃあ、お先に失礼いたします」


 清華が荷物を手に図書室から出ると、何故か裕美もついてきた。


「あの、何か? 」

「まだ、話しは終わってないの!あなた、チアには入ったの? 」


 チアとは、チアリーディングのことで、クラスで選ばれた女子が、各球技の応援に回るのである。だいたいは、クラスで綺麗処が選ばれることになっている。もちろん、清華も選ばれていた。

 そして、球技とは別に、ベストチアリーディング( チアの中で応援合戦をして、チアの一位を投票により決める )も盛り上がるイベントの一つであった。


「まあ、一応」


 肌の露出の多いチアは、できれば断りたかったのだが、クラス全員一致でチアのセンターに選ばれてしまった。


「じゃあ、応援合戦でも絶対負けないわ! ……ところで西園寺清華、帰るんじゃないの? 」


 清華は、下足ではなく、生徒会室へ足を向けていた。


「はい、生徒会室に渉君を迎えに」

「生徒会?! あなた、お手伝い係をして、来年の生徒会長を狙っているのね! 」


 裕美は、目の色を変えて清華の前を走り出した。


「裕美さん、勘違い……」


 清華の声は聞こえず、裕美は生徒会室に駆け込んだ。


「一年三組南野裕美! お手伝い係をやってさしあげますわ! 」


 させてくださいじゃなく、やってあげるなんだ……。


 生徒会室にいた渉と司は、いきなりノックもなく入ってきた裕美の偉そうな態度に、呆気に取られつつ、素早く動いたのは司だった。


「やあやあ、有志大歓迎だよ。これ、お手伝い係の登録書、サイン書いてね。ちなみに、これは球技大会のみ、こっちは年間通して。生徒会役員目指すなら後者だけど、どっちにサインする? 」


 司は、お手伝い係登録書を二枚持って、裕美の前に立った。


「もちろん後者よ! 来年の生徒会長は私がなるんだから。西園寺清華になんか、負けないわ! 」

「それは心強いな。では、サインここね。これ、よっぽどの理由がない限り、登録抹消されないからね」


 司は、裕美のサインした登録書をさっさとしまい込むと、裕美の肩を抱いて隣りの生徒会予備室に連れて行った。生徒会予備室は、生徒会室からつながっていた。


「新人お手伝い係確保! みんな、仕事教えてあげてね」


 予備室で歓声が上がる。

 みな、あまりの忙しさに、猫の手も借りたい状態だったのだ。


「あの、渉君」


 続いて、清華が生徒会室に入ってきた。


「サーヤ、宿題終わったの? ごめん、こっちはまだかかるんだ」

「大丈夫ですわ。お待ちいたします。お掃除等することがなくなりましたから、お夕飯の仕込みも終わっておりますし」

「そう? ……さっき、南野さんが来たけど」


 まさか、仲良く二人揃ってきたわけではないだろう?


「生徒会室へ渉君を迎えに行くと申し上げただけなんですが、なにか、私が生徒会長を狙っているとか勘違いされたみたいで……」


 清華は、困ったように首を傾げながら言うと、生徒会室内を見回した。


「裕美さんは? 」

「隣りの監禁部屋」


 生徒会の中では、お手伝い係が仕事をする予備室のことを、監禁部屋と呼んでいた。

 予備室内には外に出る出口はなく、なのに何故かトイレとシャワー室を完備しており、一度入ると仕事が終わるまで監禁状態になるからだった。

 昔は、運動部の顧問教師の当直部屋だったらしく、学校合宿の際に使用していた部屋らしい。今は、合宿用の施設が学外に完備されているので、使用されることがなくなり、生徒会室となったのだ。


「まあ……。皆様、お仕事中ですのね? 私もお手伝いいたしましょうか? 」


 渉は、清華の申し出に首を振った。


「止めた方がいい」


 あの中の地獄っぷりは、去年体験済みだ。


 文化祭は、生徒達がある程度準備するからいいのだが( それでも、学園全体の飾り付けや、文化祭の仕切りは行わなければならない )、球技大会とクリスマスのダンパは生徒会主催になるため、開催一週間前は泊まり込みになることも……。

 まだ球技大会まで一ヶ月弱あるので、そこまでの修羅場ではないが、司に言いくるめられて、先程の登録書にサインなんか書いてしまった日には、清華の地獄行きが決定してしまう。

 まあ、誰も清華をこき使おうとはしないだろうが、がんばり屋の清華のことだ、確実に自分から仕事を引き受けてしまうことだろう。


「サーヤは、ここで僕の仕事を手伝ってもらえるかな? 」

「はい、喜んで! 」


 清華は、極上の笑顔を浮かべて、いそいそと渉の側へ行き、渉の用意した椅子に座り、渉のチェックした書類をしまう作業を手伝いだした。


 お手伝い係になれば、いつでも渉君の側にいられるんですわよね?


 渉の思いとは別に、清華はお手伝い係になろうと、密かに決意していた。

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