第5話 お嬢様、デートの約束をする

お昼休み、屋上へ上がる階段は生徒で溢れかえっていた。

 渉は、お弁当を抱えて一瞬たじろぐ。


「おい、生徒会長がきたぞ」

「畜生、羨ましい! 」

「清華様がお待ちだ。道開けろよ」

「なんでこいつが……」


 ざわめきが広がり、階段にわずかな隙間がうまれる。


 渉は、その隙間を縫うように階段を上る。途中、小突かれたりしながら、やっと屋上につくと、重箱を開いた清華がすでに座っていた。

 なぜか、下には赤い敷物が敷いてあり、日除けのパラソルのようなものまで立っている。


「渉さん、ごきげんよう」

「さ……清華さん、これは? 」

「今日も屋上でお昼をいただくと申しましたら、お友達が用意してくださったの。日焼けしたらいけないからと」


 渉は、躊躇いながらも敷物に座ると、お弁当用のおにぎりと焼き肉をとりだした。それとは別に、おにぎり五個と焼き肉の入ったタッパーを清華に手渡す。


「これ、作りすぎたから」

「まあ……」


 やはり仏様だわ。人数分のおにぎりを用意くださるなんて……。


 清華も、開いていない重箱を渉に渡す。


「私も、作りすぎたぶん、別に詰めてきたんですの。お持ち帰りください」

「ありがとう。実はさ、昨日のおかず、親父に凄く好評でさ、こんな高そうなおかず、デパ地下でもないぞって、珍しくよく食べたんだよ」

「まあ、それはようございました。こんな粗末なものでよろしければ、いくらでも作りますわ。よろしければ、作りにまいりましょうか? 」

「いや、さすがにそれは……」


 お嬢様が家にきたら、さすがの父親もびっくりするだろうと思って、渉は断ろうとした。しかし、清華の表情を見て言葉を止める。


 お父様にご挨拶!

 家族公認のお付き合いですのね。


 清華の期待に満ちた目を見て、断ったら確実に清華が落胆するだろうと推測できた。つまり、清華を傷つけたと、あの溢れんばかりの野次馬連中に思われるわけだ。

 つまり、無事に教室にたどり着くことは無理。下手したら、救急車のお世話になるかもしれない。


 渉は、ため息を隠すために清華の弁当を口に入れる。

 清華を傷つけないで断る言葉を探すために、時間稼ぎの意味もあった。


「さすがにそれは? 」

「清華さんに申し訳ないかなって。ほら、こうやって余りをもらえればいいし、わざわざ作りにくるのは大変だから」

「まあ、私のことを考えて下さってありがとうございます。そうですわ、お休みの日ならいかがですか? お休みの日はお弁当もありませんし」


 清華は前のめり気味に、渉に詰め寄る。

 清華の長い睫毛、ツンと尖った鼻、ふっくらした唇、全てが魅力的で、あまり近寄られると、訳も分からずうなづきたくなる。

「まあ、そうだね……。いや、でもさ、うちは男だけの二人家族だし、清華さんに変な噂がたったら……」

「そんな心配無用ですわ」


 だって、お付き合いしている者同士、おうちの方にご挨拶するのは、礼儀だと思いますもの。


 清華は、ニコニコ笑いながら、何を作ろうかしら? と考えていた。

「お父様は、和洋中、なにがお好きかしら? 」

「和食……かな」

「わかりましたわ。和食は、私も一番得意ですの。お任せください」


 いつのまにか、清華が渉の家に料理を作りにくることになったようだ。

 楽しそうな清華を見て、渉は諦めることにした。


 清華の……西園寺家の内情を聞いてしまった今、休みの日とかの事が大丈夫なのか心配でもあったし、どうせいつものリムジンで送迎されるだろうから、米でも持たせるか……と考える渉だった。

 渉は、捨て猫とか素通りできない性格で、面倒見のよい性格をしていた。清華にたいしても、捨て猫を見つけてしまった時のような、自分が世話しないと……という使命感のようなものが生まれていた。


「……それじゃあ、材料はその日に一緒に買いに行こう。次の土曜日でいいかな? 」

「よろしいですわ! 」


 土曜日は初デートですわ!


 清華の頭の中はピンク色に染まっており、せっかくのお肉も味がどっかにとんでいってしまっていた。


 いまだ、二人の感情はすれ違っているようである。

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