第4話 お嬢様、お付き合いについて悩む

「ばあや、ばあや! 」


 清華は、学生鞄を置くこともなく、屋敷中を小走りで探した。

 部屋数は多く、ほとんどは使われていない部屋ばかりだったが、どの部屋も埃がたまることなく、綺麗に維持されていた。


「なんです? はしたない」


 体調が良かったのか、ばあやは珍しく起きて、屋敷中の拭き掃除をしていた。


「そんなこと、後で私がやりますのに! 身体は大丈夫なの? 」

「なんてお優しい……。お嬢様、ばあやは嬉しゅうございます」

「ほら、ほら、また腰が痛くなってしまうわ」


 清華は、ばあやから雑巾を取り上げると、代わりに掃除を始めた。

「お嬢様、着替えを先に」

「そうね。そうだ、今日ね、おにぎりとお肉をいただいたの。久しぶりにお米が食べれるわよ」

「まあ、それはよろしゅうございましたね。でも、どなたから? 」


 清華は、ポッとわずかに頬を赤らめる。ばあやは、そんな清華の表情の変化を見逃さなかった。


「東條渉さんとおっしゃるの」

「殿方ですね? 」

「ええ、西園学園の生徒会長をなさってる方よ」

「なぜ、その殿方が、お嬢様におにぎりを? 」


 さらに清華の頬が赤くなる。


「……私、初めて男性に笑顔が好きだと告白されましたのよ。やだ、恥ずかしい……」


 清華は、雑巾を握りしめて、イヤイヤと首を振る。


「お嬢様! 」

 ばあやは、厳しい表情で一喝する。


「はい! 」


 清華は、直立不動で返事をした。


「お付き合い……いわゆる彼氏……というやつにございますか? 」

「はい、そう認識しております。その……まだ、お付き合いしましょうと言われたわけではないのですが……」


 ばあやは、ホーッとため息をつくと、優しく微笑んだ。


「おめでとうございます。で、その方はもちろん婿養子に入れるのでしょうね? 」


 ばあやの目がキラリと光る。


「ばあや、気が早いわ」

「早くございません。西園寺のお嬢様とお付き合いするということは、それなりの覚悟をお持ちになっていただきませんと。こうしてはいられません。ばあやはちょっと、出かけてまいります」

「待って、ばあや。色々と聞きたいことが……」


 ばあやは、割烹着を脱ぎ捨てると、そさくさと屋敷を出て行ってしまった。


「何を聞くの? 」

「お母様! 」


 清華の母親の彩華が後ろに立っていた。

 清華と彩華はそっくりで、並んで立つと、母子というより姉妹のようだった。


「いえ……あの、男性とのお付き合いの仕方を」


 清華は、ポッと頬を染める。


「まあ! 清華もそんな年頃になったのですね。お母様がお父様と知り合ったのも、あなたくらいのときでしたわね。お母様のお部屋にいらっしゃい」


 彩華の部屋に行くと、彩華は箪笥から何やら出してきた。


「これはね、お母様がお父様と初めてデートしたときに着たワンピースなの。あなたにあげるわ。あれは、ちょうどこんな季節だったわね……」


 彩華は目を潤ませて、父親との初デートを思い出しているようだった。


「お母様、お付き合いするって、どうすればいいのですか? 」

「男性に任せていれば大丈夫ですよ」

「任せる? 」

「そうです。手をつないできたら握り返し、相手が目を閉じたら同じように目を閉じる。同じようにしていれば大丈夫。後は相手にお任せするんです」

「はあ……」


 目を閉じたら、どうするんでしょう?


 清華は、渉と向き合ってお互いに目を閉じている風景を想像してみた。


 なにか面白いのでしょうか?


 さっぱりわからない清華だった。

 そんな清華を見て、彩華は面白そうにクスクス笑う。


「大丈夫ですよ。いずれわかりますからね。それで、どんな方なんです? お相手の方は」

「仏様みたいにお優しい方ですの」

「仏……ですか? 」

「はい」


 仏像と腕を組んで歩く愛娘を想像し、娘の趣味を疑う彩華だったが、幸せそうに頬を染めているのを見て、それもいいのか……と思い直した。


 由緒ある家柄には珍しく、西園寺家は恋愛には自由だった。相手に家柄や財産を期待する必要がないくらい、西園寺家は確立した存在であり、家同士の結び付きとかにこだわりがなかった。

 が、それは昔の話しであり、実際はこだわらなければならないくらい貧窮していた。自由恋愛ではなく、それこそ財閥にでも清華が嫁げば、この状況は打破されるはずなのだが……。


 清華にそれを求める者は、誰もいなかった。


 頑固な祖父も、おっとりした母も、清華の幸せを願っていたから。

 ゆえに、清華が連れてくる相手は無条件で認めようと、そう決めていたのだ。

 たとえ相手が仏像でも……。


 いや、仏像相手では、跡継ぎが生まれないから、仏像は困るわね……と、現実味のないことを考えている母親と、目を閉じて向かい合うだけの男女を想像して、首を傾げる娘。

 貧乏でも平和な西園寺家である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る