第3話 お嬢様、告白される?

「清華様、どちらにいらっしゃるんですか? 」


 四時間目の授業が終わり、いつもなら机に重箱を広げて食べ始めるはずが、今日は包みを持って立ち上がったため、隣りの席の高橋が声をかけてきた。


「今日は、屋上でいただくことになっておりますの」

「屋上? 」

「はい。お約束がありますので、失礼いたしますわね」


 高橋は、清華の持っている重箱に目をやり、いつもより大きな重箱であることに気がついた。また、重箱以外に、なにやら荷物も持っている。

 約束……ということは、誰かと一緒に食事をするということで、このクラスの人間となら教室で食べるはずだから、違うクラスの誰か……ということになる。


 教室がざわつき、みな清華の後ろ姿を目で追った。

 清華が教室を出ると、高橋始め、数人の生徒がお弁当に蓋をして、清華の後を追いかける。

 清華は足取りも軽く、屋上への階段を上がっていった。

 重い扉を開けると、青空が広がり、晩春の爽やかな風が、清華の艶やかな黒髪をなびかせた。


「お待たせいたしました」


 屋上の柵から、校庭を眺めていた人物が振り替える。


「誰だあれ! 」

「生徒会長じゃないか? 」

「生徒会長だ! 」

「なんだって、生徒会長と? 」


 清華の後ろの野次馬がザワつき、それを見た渉は、清華に口止めしなかったことを悔いた。

 が、今さらもうしょうがない。


「待ってないよ。じゃあ、食べようか」


 野次馬は屋上に出てくることはなかったが、扉のところで押し合い圧し合い、清華の言動に注視していた。


「私、敷物を持参いたしましたの。ほら、遠足みたいで楽しいかと思いまして」


 清華は可愛らしいビニールシートを敷き、その上に重箱を開いた。

 渉も、おにぎりを五つと、タッパーに入れた生姜焼きを置く。


「これ、生姜焼きの素で作ったから、味付けは大丈夫だと思うんだけど、ちょっと濃いかも」

「まあ、……お肉! 」


 清華の目がお肉に釘付けになる。


「どうぞ」

「いただきますわ。渉さんも召し上がってみてくださいな」


 またもや、野次馬がざわつく。

「おい、名前で呼んでるぞ! 」

「どういう仲なんだ! 」

「清華様の弁当食ってるぞ! 」

「なんて羨ましい! 」


 清華の重箱には、上品に野菜が調理された物が綺麗に詰まっており、味付けも種類も多彩だった。

 全て美味しく、正直、これだけで大満足な渉である。

「うまいな。料亭の味みたいだ。……料亭行ったことないけど」


 清華は、クスッと笑う。


「私もございませんわ。……あぁ」


 清華は、おにぎりを片手に、大きくため息をつく。


「どうしたの? しょっぱかった? 」

「いえ、美味しゅうございます。ただ、おじい様とお母様に食べさせてあげたいと思いまして。私だけお米をいただいて、申し訳ないと……」

「ああ、沢山おにぎり作ってきたし、お肉も。余ったら持って帰ったら? こんなんでよかったらだけど」


 なんてお優しい!

 やはり仏様なんじゃないかしら?


 清華の表情がパッと明るくなる。


「よろしいのですか? 」

「もちろん、ちなみに、こっちのおかずも余ったら持って帰っていい? 僕も親父に食べさせたいから」

「もちろんですわ! 明日はもっと作ってまいりますね。お野菜は沢山あるんですの」


 清華は、ご機嫌でお肉を一口かじる。

 野次馬に見られながら、二人はお互いのお弁当を食べ、余りをお互いの弁当箱に詰め替えた。


「それにしても、いつもこんなに見られながら食事してるわけ? 」

「そう……ですわね。だいたいはこんな感じかと」


 清華は、魔法瓶からお茶を注ぐと、渉の前に置いた。


「暖かいお茶、いかがですか? このお茶もいただきものなんですが、とても美味しいんですのよ」


 清華は、お茶を一口飲むと、野次馬達に手を振った。

 野次馬に歓声が上がり、自分に向かって手を振ったんだ! いや自分だ! と、言い争っている。


「なんか、落ち着かないな」

「そうですか? 私、言ってまいりましょうか? 」


 清華が立ち上がって野次馬の元に行こうとするのを、渉は慌てて止めた。

 下手に追い払って、恨まれたらたまったものじゃないからだ。


「そうだ、デザートに果物も持ってきたんだ」


 渉は、小さめのタッパーを取り出した。中にはさくらんぼが入っていた。


「まあ、さくらんぼ! いただいてもよろしいのですか? 」

「どうぞ」


 清華がさくらんぼを一つつまみ、茎から実を外してかじる。口で実をかじったまま、茎を外すような食べ方はしないらしい。

 種は、横を向いてティッシュにそっとだす。


「そういえば、清華さんの家は、おじいさんとお母さんと清華さんの三人なの? 」


 おにぎりが二つ残ったから、三人で食べるには少ないだろうなと思いながら聞いた。


「いえ、おじい様とお母様、あと執事の黒沢とばあやの五人で住んでおります。二人とも、無給で仕えてくれて、あまつさえわずかな年金を、私達のために……」


 清華はポロリと涙を流し、それを見た野次馬から罵声が上がる。


「生徒会長、この野郎! 清華様を泣かせて、何を言いやがったんだ! 」

「畜生! 泣かせるなんて、とんでもない奴だ! 」

「清華様、そんな奴から離れてください! 」


 渉は、慌てて清華の肩に手を置き、なんとか慰めようとする。

 このままでは、野次馬に袋叩きにされそうな勢いだった。

 清華は、そんな渉の肩に顔を埋めた。フワリと良い香りが、渉の鼻をくすぐる。


「ウオーッ!!! 」


 野次馬から悲鳴ともわからない怒声が上がる。


 渉は、自分の平和な学校生活は終わった……そう思った。


「申し訳ございません。私、情けなくて」

「いや、いいから、泣くのだけは止めようか? 僕のためにも、笑ってくれるとありがたい」


 清華は涙をとめ、渉の肩に埋めた顔を起こした。


「渉さんのために、笑うのですか? 」

「そう。清華さんは、笑っていたほうが素敵です。断然笑顔がいいです( じゃないと、僕が袋叩きにされます! )」


 清華は、頬をポッと赤らめると、はにかんだような笑顔を浮かべた。


 私、男の方に、自分のために笑顔を見せてくれ……なんて言われたの、初めてですわ。私の笑顔を好きだと、私のことが好きだとおっしゃっているのね?

 初めて告白されましたわ。


 とんだ勘違いである。


 清華は、確かに取り巻きは多いし、男子にも女子にも絶大な人気を得ていた。しかし、清華に告白するなどという、大それた考えてを持つ者は、いまだかつていなかったのだ。

 お互いに考えていることに食い違いが生じているが、お互いにそのことに気がついていなかった。


「わかりました。私、渉さんのために笑いますわ」

「えっと、そう? ありがとう」


 清華が、渉の肩にそっとおでこをつけて言うと、渉は何がなんだかわからないが、とりあえず礼を言い、さりげなく清華から離れた。

「あまりくっつくのも……( 誤解されるから )」

「いやですわ。はしたなかったですね( 公衆の面前で、照れてらっしゃるのね )」


 清華は、ほんの少し渉との距離を縮めると、ニコニコ渉に笑顔を向けながらお茶を飲んだ。


 私、初めて彼氏というものができましたのね?

 でも、お付き合いをするって、どうしたらいいんですの?!

 帰ったら、ばあやに聞かなくては!


 噛み合わない会話のまま、昼休みが終わろうとしていた。

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