第13話 お嬢様と海
海に向かう電車の中で、渉はチラチラ清華を観察した。清華との距離に変化はなかった。
もし、渉に対して男性としての恐怖感を覚えたとしたら、こうして一緒に海になどこないだろうし、それこそ手の届く距離を歩くこともないだろう。
なにより、凄くご機嫌に見えた。
清華は、実際にすこぶる機嫌が良かった。もちろん、朝の出来事があったからである。
好きな男性に抱きしめられ、可愛いと言われて嬉しくない女性はいないだろう。しかも、夢に清華がでてきていた様子だし、それだけ好かれているんだと、実感したのだから。
「清華……ちゃん、次で降りるからね」
渉は清華の持ってきた荷物を網棚から下ろし、電車を降りる準備をする。
「もうつきますの? 電車も楽しいですね」
今日はデート( 渉以外の西園寺家の住人はそう思っている )だから、黒沢も車を出すのを控えたのだった。清華が電車に乗ったのは、学校の課外授業ぶりだ。
「そう? 疲れなかった? 」
「大丈夫ですわ! 今日は履きなれた靴を履いてまいりましたし」
清華は、いつ渉とデートすることになってもいいように、ワンピースに合うサンダルを履き慣らしておいたのである。
「なら良かった。じゃあ降りようか」
ビーチに一番近い駅で降り、渉はビーチまでの行き方をスマホで調べた。
ここでは清華のことは知られていないはずなのだが、駅から出る人、駅に向かう人全てが、清華を振り返り見ていく。
清華は見られることに慣れていたので、たいして気にはしなかったが、渉は気がついてしまった。
ここでは、清華は西園寺家のご令嬢ではなく、ただの綺麗な女の子なのだ。
ただの……ではない、すこぶる綺麗な女の子で、男達にとっては敬愛する相手ではなく、異性としての対象であるということに。
つまり、一時でも離れればナンパの嵐だろうし、やましい気持ちで声をかけてくる男どもが後をたたないことだろう。
「清華……ちゃん、あまり僕から離れないようにね」
「もちろんですわ」
清華は、渉の言っている意味とは違う意味に受けとる。
離れたくない……という意味ですわね?
それにしても、朝のように清華と呼んでくださればいいのに。
そうしている間にも、清華の美貌に引き寄せられた男達が、立ち止まってチラチラこっちを見ている。たぶん、清華と渉の関係を探っているのだろう。
渉くらいならば、全然自分達のほうがイケテると、思っているのが丸わかりで、声をかけるタイミングをみているようだ。
「清華……ちゃん、もし歩きにくかったらだけど」
渉が腕を差し出すと、清華は笑顔でその腕をとった。男達への牽制の意味があったのだが、清華は渉から手を差しのべてくれたのが、嬉しくてたまらなかった。
「やっぱり、海はいいですわね」
まだ海を見ていないのだが、すでに清華は満喫しているようだ。
「本当に離れないようにね」
「絶対に( 一生 )離れません」
渉は、今日一日気が休まらないだろうなと思いながら、ビーチに向かった。
もう海水浴ができる期間も終わりに近いというのに、それなりにビーチには海水浴客がいた。
「どこに荷物置こうか。パラソルを借りたほうが良さそうだね。日差しがきついや」
足くらいは水につけるだろうし、場所取りをしないことには、海で遊ぶこともできない。
海の家でパラソルを借りると、指定した場所にパラソルを設置までしてくれた。レンタルについているオプションなのか、清華がいたためなのかは不明であるが。
海の家の近くを指定したのは、もしトイレとかで清華のそばを離れなければならない場合、なるべく清華を一人にする時間を減らすためだった。
「少し、歩く? 貴重品持って行けば大丈夫だと思うけど」
「はい」
清華は、当たり前のように渉の腕を取って歩き出した。
海外のセレブ女性がエスコートされて歩くように、清華にとっては自然なことなんだろうと渉は解釈する。清華はそんなつもりはなく、ただよく見かけるカップルのように腕をくんだだけであった。
「渉君」
「うん? 」
「私のこと、清華さんでも清華ちゃんでもなく、サーヤと呼んでいただけないでしょうか? 」
「サ……サーヤ? 」
「はい、清華とお呼びくださってもかまいませんが。なにか、清華ちゃんと呼びづらそうなので。サーヤは、私の幼少のときの愛称なんです。亡くなった父が、そう呼んでくれていたと聞いております」
「ど……努力します」
渉は緊張気味に言った。
清華もサーヤも、同じように敷居が高い気がしたが、愛称で呼んでくれる友達が欲しいのだろうと思ったからだ。
しばらく海辺を散策して、少し早いがお昼にしようと、パラソルのところに戻った。
すると、パラソルは問題なく荷物も無事ではあったが、回りにぎっしりパラソルが乱立し、男だけのグループがワサワサいた。
「ずいぶん混みましたのね」
「そうだね」
渉は苦笑する。
明らかに清華狙いの男達で溢れていて、辺りを見渡すと、ここ以外はそこまで混んでいない。
「サーヤの作ってくれた弁当を食べようか? 」
渉は、わざと回りの男達に聞こえるように言う。
「はい! 」
清華は、いそいそとお弁当を広げた。
いつも通り、見た目も綺麗に詰められている。敷物の上に並べられたお弁当は、焼きそばやフランクフルトなどを昼飯にしている輩と比べると、格段とレベルは上で、渉はちょっとした優越感すら感じた。
「いただきます」
「いかがですか? 」
「うん、相変わらずうまいよ。サーヤは、本当に料理が上手だよね」
こんなに美人女子の手作り弁当、しかも見た目以上に味は格別。回りの男達の羨望の眼差しに、渉の優越感がピークになる。
お弁当を全部食べ終わると、清華が渉の口をハンカチで拭いた。
「お口の周り、汚れてますわ」
回りからドヨメキが起こる。
「なんだあいつ、羨ましすぎるだろ?! 」
「いや、あれは兄妹だ。全く似てないが」
「あんな美人の手作り、落ちたやつでいいから喰いてえ! 」
「あの手で俺も口拭いて欲しい!」
渉は、羨望を通り過ぎて、殺気すら感じるようになった。
「海、足だけつけようか? きっと気持ちいいよ」
「はい」
清華は、サンダルを脱ぎ、波打ち際に行く。
スカートを少し持ち上げて波を楽しむ姿に、その場にいる男はみなボーッと見惚れた。
渉もそのうちの一人になりかけ、ハッとして清華の元に行く。
「渉君、足の下の砂が動くんですのね! 面白いですわ! 」
はしゃいでいる清華は本当に可愛らし過ぎて、他の男に見せたくないという独占欲が渉の中に生まれてくる。
「渉君、貝殻! 」
二人で綺麗な貝殻を拾った。
楽しい時間は早く過ぎるもので、あっという間に帰り時間になってしまう。これ以上いると、夕飯の支度が間に合わなくなるだろう。
「帰りたくないですわ」
「またこような」
清華は、こっくりとうなずく。
帰り支度を終えると、渉が多少軽くなった荷物を肩にかけた。清華は、ごく自然に渉の腕に腕をからめる。さっきまでは、添えるように手をかけていたが、今は少し渉に寄りかかるように歩く。
「疲れた? 」
「大丈夫ですわ。渉君、私、こんなに遊んだの初めてかもしれません。本当に楽しかったです」
「僕も」
「また来年、きましょうね。来年は水着を持ってきますわ。」
帰りの電車、二人はやはり疲れたのか、先にうつらうつらし始めたのは渉だった。
清華は、寝てしまった渉に寄り添い、そっと手をつないでみる。渉は寝たまま、そんな清華の手を握り返した。
清華の気持ちがホッコリする。
いつしか、清華も寝てしまっていた。
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