第12話 渉の夢

「……渉君」


 渉はちょうど夢を見ていた。

 夢の中では清華がビキニを着て、渉に手を振っている。二割増し渉の想像による加工が入っているとはいえ、かなり魅惑的なスレンダーなボディである。ウエストのクビレから続くヒップラインが、なんともいえない。

 手を差しのべると、はにかみながら清華が手を握ってくる。その柔らかく温かな感触に、たまらず渉は清華を抱きしめた。


「清華……可愛い」


 清華の香りが鼻をくすぐる。抱きしめた清華は、恥ずかしがりつつも、渉にしがみついてきて……。


 清華は、朝暗いうちから起きて、家の掃除、家人の食事の支度を終わらせると、お弁当を作り終え、軽くシャワーを浴びてからあの若草色のワンピースに着替えた。

 半袖カーディガンを羽織り、支度が終わったのは六時半。

 そろそろ渉を起こそうと、渉の部屋をノックした。

 しばらく待ったが、返事は聞こえない。耳をすますと寝息のような音も聞こえてくる。


 婚約者ですものね。起こすために部屋に入るのは、はしたなくはないわよね?


 清華は、再度部屋をノックしてから、扉を開けてみた。

 渉は薄い上掛けをかけ、熟睡しているようである。

 布団の横に座り声をかけてみた。


「渉君、起きてください。朝ですよ、渉君」


 渉は、軽く寝返りをうち、清華のほうに顔をむける。


 少し、髭が……。可愛らしい顔して、なんの夢を見ていらっしゃるのかしら?


 渉の手が清華のほうに伸びてきたので、ついその手を握ってしまう。

 すると、清華は力強く引き寄せられた。


「清華……可愛い」


 清華は一瞬硬直しながらも、温かい渉の体温を感じ、なにやら幸福感に満たされた。

 全然嫌ではなかった。

 嬉しい……という感情に戸惑いながら、清華はそっと渉の胸に顔を埋める。


 清華……と呼んでくださったわ。しかも、可愛いって!


 いつまでもこうしていたかったが、出かける時間が迫ってきている。


「渉君、起きてください。海に行くんですわよね? 」


 渉は、その声と、生身の清華の感触に、いきなり目が覚めた。

 慌てて飛び起きて、清華から離れる。


「清華さん!? 」

「さん付けは止めてくださいと申しましたわ」

「いや、あの……」


 渉は大パニックである。


「おはようございます。お弁当も作りましたのよ。朝ごはんの用意もできております。顔を洗って、食堂にいらしてください」


 清華は、わずかに顔が赤いものの、特に騒ぐでもなく、先に部屋から出ていく。

 閉まった扉を呆然と見て、渉はどこまでが夢なのかわからなくなる。

 清華を抱きしめた? 抱きしめたのも夢なのか? ……そう思いながら、清華の柔らかな感触が身体に残り、シャンプーの香りがまた漂う布団の上で、悶絶しそうになった。

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