第40話クリスマスダンスパーティー

 麦茶の販売の前に長蛇の列ができていた。他にもコーラやジュース、焼きそばやパンなどの軽食の販売もあるのだが、麦茶の列は整理する人員が必要になるくらい並んでいた。

 原因は一目瞭然、清華が販売員をしているからである。

 薄紫のイブニングドレスは母親からのお下がりで、他の女子に比べると露出度は少なかったが、白い肌の清華に非常に似合っていた。その清華から直接麦茶を貰えるのだから、そりゃ並ぶだろう。


「何よ!コーラもあるわよ!」

 コーラの販売員をしていた裕美は、つけていたエプロンを投げ捨て、台の前に出てアピールし始めた。

 真っ赤なイブニングドレスは胸が大胆に開いており、腰骨辺りから横スリットが入っていた。全体的に身体にフィットしたドレスは、裕美のナイスバディを強調しまくっていた。

 販売用のテーブルに腰をかけ、際どいラインで足を組む。

「コーラ、い・か・が?」

 男子生徒がフラフラっと引き寄せられる。

 裕美は、コーラを男子生徒に渡すと、その手を包み込むように両手で挟み、胸を強調するように前屈みになる。

「ありがとうございました。おかわりにきてね。」

 男子生徒が、裕美の谷間に視線が釘付けになる。

 それを見た男子生徒が、続々と裕美のコーラの台に並びだした。

 裕美は、どうだ!とばかりに清華を見たが、清華は特に気に止めていなかった。


「今年は、飲食は完売できそうだな。」

 司が満足そうに販売の台を見て言った。

「でも、そのせいかホールが寂しいですよ。」

 遠藤がチケット売り場でお金の計算をしながら言う。

 販売は全てチケット制で、生徒は事前にチケットを購入している。それで足りない分を、ここで販売しているのだが、すでに麦茶のチケットはソールドアウトだった。

「じゃあ、次はお嬢様をホールの方に駆り出すか!」

「ダメです!」

 清華の方に行こうとした司を、渉が慌てて引き留める。

「ちょっとくらいいいじゃん、お触り禁止だし。」

「絶対ダメ!」


 ダンスパーティーは、基本ペアで参加だが、全員が相手が見つかるわけではない。なので、お手伝い係から男女十人づつ、寂しい一人参加の生徒達の相手をすることになっていた。

 たまに、そんな出会いから本物のカップルになることもあり、相手が見つからなかった生徒が、率先してお手伝い係になることもあった。


「ダメですよ、お嬢様が出たら既存のカップルまで別れちゃうかもだし、暴動がおこります。」

「じゃ、裕美辺りか?」

「その辺が無難かもしれません。」

 司も遠藤も、それなりに失礼である。

「じゃ、遠藤君!上手いこと言って、裕美を駆り出してきてくれたまえ。」

「了解しました!」


 遠藤が裕美の所に行き、なにやら拝んでいる。最初は邪険にしていた裕美が、腰に手を当てて偉そうにうなづくと、ホールの方へ歩きだした。


「了解取れました。」

「ずいぶんペコペコしてたな。」

「頭を下げるのはただだから。」

「アナウンス入れるぞ。」

 司がホールの音楽の切れ目に合わせてスピーカーのスイッチを入れた。


『レディース&ジェントルマン!楽しんでるかーい。壁の華の諸君に朗報だ!これからお手伝い係の有志が君達を誘いに回るぜ。ぜひ、ホールではっちゃけてくれたまえ!ちなみに、ミスコンに参加した南野裕美、松原りさ、ミスター西園の渡貫司、特別賞の東條渉もお相手するからよろしく!』

「ちょっとちょっと先輩!」

 司はスイッチを切ると、ニヤリとして渉の腕を引っ張った。

「遠藤、ここは頼むな。じゃ、東條、行こうではないか。」

「いってらっしゃーい。」

 遠藤は気楽に手を振る。


 ホールに行くと、裕美と松原の回りには男子生徒の山になっていた。

 司の回りにも女子生徒が群がってくる。


 このままだと、僕が壁の華だな…。


 渉は、体育館の壁沿いに歩き、暇そうにしている子がいないか見て回る。

「渉君。」

「サーヤ、仕事は?」

「麦茶が完売しましたので。」

 確かに完売したのは本当だが、さっきのアナウンスを聞き、渉が他の女子と踊ってしまう!と慌ててやってきたのだ。

「それにしても、ダンスパーティーでドレスコードもあるので、てっきりソシアルダンスかと思いましたが…。」

 ノリはクラブだった。

 体育館の天井にミラーボールまでつけ、窓を暗幕でおおい、大音響で音楽をかけていて、演劇部が照明や演出をしていた。

「昔はそうだったみたいなんだけど、今時誰も社交ダンスなんて踊れないからさ。男女ペアである必要はもうないけど、風習みたいなやつ?」

 大声を出さないと聞こえないので、渉は清華の耳元で叫ぶ。

 話しをするためには、かなり近寄らないといけないため、自然と距離が近くなった。


 清華は回りを珍しそうに見回す。

 フロアには大きな塊が三つ。たぶん司達だろう。それにつられるように、今まで壁際で見ていた生徒達も中央に出て踊り出した。カップルもいれば、男子だけのグループだったり、女子だけのグループだったり。それなりに盛り上がっているようだ。

 壁際にいるカップルは、お互いの腰に手を回し、顔を近づけて喋っている。


 羨ましいですわ。私も渉君と…。


 イチャイチャしているカップルを観察しながら、清華はそっと渉の袖をつかんだ。

「踊る?」

 清華も踊りたいのかと思って声をかける。

 清華は首を横に振りかけ、思い直してうなずいた。

「リズムの取り方がわかりませんので、手をつないでいてくださいますか?」

「僕も得意ではないんだけど…。」

 隅の方でなんとなく見よう見真似で体を動かしてみる。

「楽しいですわ!」

「そうだね。」


 数曲、手をつないだまま踊っていたら、急にライトがほぼ真っ暗になり、ミラーボールのみ回りだした。それと同時に、音楽もバラード調に代わる。

 フロアにいた生徒が半分くらい引き上げ、カップルのみが残っていた。

「え…っと。」


 チークタイムなんて予定にないぞ!?


 実際、タイムスケジュールの中には一曲もムーディな曲はなかったはずだ。


 司先輩ー!!


 他にこんなこと仕掛けられる人間はいない。しかも、照明までチェンジして。

 司に文句を言わないと…と辺りを見回すと、司は一年の子の腰に手を回し、べったりくっついて踊っていた。


 渉が司を探している間、清華も回りをキョロキョロ見ていた。


 これは、男女が組んで踊るんですのね?


 そして、やはり司ペアに目が行く。女の子は、司の首に手を回していた。

 清華は、そっと渉の首に手を回した。そして、司ペアのように体を寄せる。

「これでよろしいんですか?」

「えっっと!…はい。」

「渉君も、手…回して下さい。」

「はい!」

 渉の声が上ずり、渉は恐る恐る清華のウエストに手を添える。

 清華は、その手を引っ張ってウエストの後ろまで持ってくる。

 どうやっても、抱き合っている体勢になり、動きも止まってしまう。動いたら身体が擦れてしまい、とてもじゃないけど正常な状態じゃ…。

 渉は少しでも清華との身体の間にスペースを作ろうとし、清華は渉にすり寄る。


 なんて、なんて、素晴らしいのかしら?!

 ダンス最高ですわ!




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