お嬢様の極貧生活

由友ひろ

第1話 お嬢様の日常

「お…お嬢様、いってらっしゃいませ」

「いってまいります」


 執事の黒沢くろさわが、ヨロヨロと車を下りて、ゆっくりな動作で年代物の黒塗りリムジンのドアを開ける。

 車から下りてきたのは、黒髪の美少女、西園寺清華さいおんじさやか、高校一年生。


 西園寺家は、昔から続く旧家で、名士を多数輩出してきた。西園寺の屋敷のある一帯は、遥か昔は全て西園寺家の土地であり、この辺りの学校や公園、役所などは無償で西園寺家から寄付されていた。

 いまだに、西園寺家といえば名家であり、資産家の代名詞とされていた。

 しかし実際は……。

 資産などは全てなくなり、今は大きな屋敷を維持することすらも難しくなり、使用人も一人減り二人減り、残ったのは代々西園寺家に仕えている執事の黒沢夫妻だが、この二人も、すでに七十五過ぎの後期高齢者。

 西園寺家は風前の灯……。


「見て、清華様よ。今日もお美しいわね」

「見て、あの手!きっとお箸より重い物は持たれたことないのね。下手な手タレよりも綺麗だわ」

「やっぱ、下界の人間とは品格が桁違いよ! 」


 おしとやかに歩くその後ろで、ざわめきが上がっていた。

 みな、清華に憧れ、敬愛していた。身近にいるお姫様、そんなイメージが近いかもしれない。

 西園寺家の一人娘にして、次代当主。今は清華の祖父が当主であるが、その跡を継ぐはずの清華の父は、清華が幼稚園のときに病魔に倒れ、その優しく大きな背中しか清華の記憶にはなかった。

 長い黒髪、涼しげなくっきり二重の切れ長の目、整った鼻筋、ふくよかで血行のよい唇、スレンダーな体型。

 だれもが振り返って見るほどの美少女であり、家柄ゆえの気品まで兼ね備えている。


 そんな清華のただいまの悩みは……。


 お米がなくなって一週間……。庭の畑の物で、お腹いっぱいになるかしら?

 そろそろ限界ですわ……。


 西園寺家の体面のためにも、おなかをならすような醜態は、なんとしても避けなければならない。

 今日のお弁当も、米は入っておらず、入っているのは野菜オンリー。肉なんて遥か昔に食べた記憶があるかないか……。ほぼ野菜(自給自足 )でも、彩り豊かで、見た目は精進料理のように繊細で、上品に仕上げていた。

 全て自作なのだが、クラスメイトなどは、西園寺家専属のシェフが、清華の体調管理をしつつ、毎日精魂込めて作っているんだと、信じて疑わなかった。


「清華様、おはようございます」

「高橋さん、ごきげんよう」


 クラス委員の高橋聡たかはしさとしが声をかけてくる。

 高橋は、眼鏡を押し上げながら、清華に声をかけられる優越感に浸っていた。

 みなが遠巻きに眺める中、同じクラスだからこそ挨拶ができる。しかも、校門から教室までの道のりをエスコートできる栄誉付きだ。


「清華様、お荷物お持ちいたします」

「あら、今日はそんなに重くないんですのよ」

「いえ、清華様は荷物などお持ちにならないでください」


 半分強引に清華の学生鞄を奪うと、清華の後ろについて歩く。


「清華様、おはようございます」

「清華様、おはようございます」


 クラスメイトが清華に挨拶して、同じように後ろに続く。


「皆様ごきげんよう」


 清華を先頭に、十人以上のクラスメイトが後ろにつき、その後ろから違うクラスの生徒が、挨拶できるクラスメイト達を羨望の眼差しで見ながらついていく。

 まだ入学して二週間であるが、これが西園学園( 西園寺からつけられたらしい )の毎朝の風景になりつつあった。

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