第30話 葵先生、お嬢様の勘違いに気がつく
「葵!」
「はい?」
清華は葵の部屋まで葵を引っ張って行くと、プクッと頬を膨らませて葵に詰め寄った。
「酷いですわ!渉君を誘惑しないでください!」
「誘惑…ですか?」
「そうでしょう?夜中なのにお化粧までして、胸のあいた洋服を着て男性の部屋を訪れたのですから。」
「いや、これは…。」
誘惑しているように見えたのならそれはただの誤解で、女であることを強調して、言わなくても渉に気がつかせたかっただけだ。
「誤解です!これは…、渉様の勘違いを解こうとですね。」
「勘違いってなんですの?!」
葵は、おでこに手を当てて目をつぶった。
言うんですか?言わなきゃ駄目なんでしょうか?
葵は諦めた。女としての矜持よりも、清華の誤解を解くことを優先させた。
それにしても、このカップルは二人揃って早とちりにもほどがある。
「とにかく座りましょう。」
葵は、清華を部屋に入れ椅子をすすめた。自分はベッドに座る。
「先ほど渉様がここにいらして、私と清華様の関係について聞かれたんです。」
「関係?」
「そう、私がお嬢様に恋愛感情はあるのか?という話しです。」
清華はプッと吹き出す。
「嫌ですわ。あるわけないじゃないですか。私、そういう趣味はございま…せ…ん?」
何やら、先程聞いたようなフレーズですわ。
さっき、渉もそう言っていたのを思い出した。葵について恋愛感情の有無を問いただした時だ。
「渉様は、私を男だと思われているんです。私服姿を何度となく見ているのに関わらず。」
「えっと…つまり?」
「私が男で、清華様に恋愛感情がないか、確かめにいらしたということです。しかも、私が女性には興味がないと、男じゃないことをさりげなく伝えようとしたら、あろうことか、私をホモだと勘違いなさったんですよ。」
清華の唇の端が揺れる。
「どうぞ、お笑いください。」
「ご…ごめんなさい。でも、そんな勘違い…おか…おかしすぎて。」
清華は口を押さえて笑い出す。
清華が笑いやむまで、葵はムッツリしながら待った。
「ごめんなさい。で、葵は女性であると伝えるために、渉君のところへ?」
「そうですよ。私は女です!なんて言いたくありませんからね。見てわかるようにしただけです。」
「わかりました。本当にごめんなさい。私の勘違いでしたわ。でも、何だって渉君は葵との関係を聞いたのかしら?」
清華は、笑いすぎて流れた涙を拭きながら、居ずまいを正した。
「不安に思われたからじゃないですか?」
「不安ですか?なぜ?」
「そりゃ、私が男だと仮定してですが、お嬢様の一番近くにいて、お嬢様の信頼も厚く、なにより美男子ですからね。そんな男がそばにいたら、お嬢様の気持ちが離れやしないか不安に思われたんでしょう。」
つまり、渉君も私と同じ?
私が葵や裕美さんの存在を不安に思ったように、葵が男だと勘違いして、葵の存在を不安に思った?
それは…、私のことが好きだからですわよね?
好きじゃなかったら、気になりませんわよね?
清華の頬はピンク色に蒸気し、瞳は輝き、唇には笑みが浮かぶ。
わかりやすいお嬢様だ。
葵は、そんな清華の表情を見て、ホッと一息つく。
「お嬢様は、本当に渉様のことがお好きなんですね。」
「それはもちろん!」
葵は、部屋に備え付けてある小型冷蔵庫からお茶を取り出した。
「ルイボスティですから、夜お飲みになられても大丈夫です。どうぞ。」
コップに注がれたその綺麗な赤い色を楽しみ、一口口にふくむ。
「美味しいですわ。」
「それは良かった。あの…お聞きしてもよろしいですか?」
「なんです?」
「何故、渉様なんでしょう?渉様のどこにそんなに惹かれたんですか?」
渉は、決して不細工ではないが、美男子ではなく中の上くらいのレベルだし、頭はいいが天才タイプでもない。言い方は悪いが、至って普通、ありふれたどこにでもいそうな男子高校生だ。まあ、人はいいと思うが。
清華と釣り合うか…と聞かれたら、誰もが即座にNOと答えるだろう。
「渉君は…、仏様みたいに優しいんですの。」
「仏…ですか?」
渉が坊主になって座禅を組んでいる姿が思い浮かび、頭を振って追い払う。
「もう少しわかりやすくお願いします。」
清華は、うーんと考える。
「渉君は、私だけでなく、おじい様やお母様、黒沢達の分までおにぎりを作ってくれたんです。毎日ですよ。」
「はあ…、それはありがたいですね。」
西園寺家の現状は火の車で、渉達がくる前はどうやって生活していたんだろうと不思議に思うくらい、食事代すらでない状況だったのは、私財の整理をして初めてわかった。
葵がこっちにいた時よりも、遥かに悪い状況になっており、こんな状況だとわかっていれば、もっと早くに帰ってきたのにと悔やまれてならなかった。
つまりは餌付け…のようなものだろうか?
「もしですよ、同じことをクラスメイトの高橋君がしたら?高橋君を好きになっていますか?」
「ありえませんわ。」
「何故です?同じように優しいですよ?」
清華は考える。
「だって、高橋さんは渉君ではないんですもの。」
惚れた欲目、
インプリンティング《刷り込み現象》としか思えないが、清華お嬢様が幸せなら、それでいいのかもしれない。
「確かに、渉様は世界で一人しかいらっしゃいませんものね。」
清華はニッコリ笑う。
「ええ、その通りよ。でもね…。」
その笑顔がフッと曇る。
「渉君…、私よりもオクテでいらっしゃるようで、なかなか自分から私に触れてくださらないの。普通の恋人のように、くっついて歩いたりしたいのですが、腕を貸してくださるだけで、手をつないでくださらないし、目を閉じて待っていても、まじないですか?とか言われてしまうし…。」
「目を閉じて…って?」
「あら、お母様がおっしゃっていたんですの。最初は何のことかわかりませんでしたが、…キス?してもらうためですわよね?ですから、何度も渉君の前で目を閉じてみましたが、先程も何もしてくださらなくて、思わず泣いてしまいましたの。」
葵は、天井を見上げた。
渉様が、節度のある殿方で良かった…。
「お嬢様、夜中に、個室で、男子と二人きりで目をつぶるということは、キス以上のことがあってもいたしかたないんですよ?この意味、おわかりですか?」
「キス以上…とは、同衾のことですか?渉君もそれは婚姻後の行為だとおっしゃられていましたし、まだ婚姻前にそんなこと…。」
清華は頬を染め、葵は眼鏡を外し目頭を押さえた。
頭痛がしてきた…。
同衾って、いつの世代のお嬢様ですか?
手をつなぐ、つながないで悩んでいるようなカップルが、何でセックスの話しをしているのかはわかりませんが…。
危なっかしいにも程がある。
何もしないから…と騙されて、ラブホテルに連れ込まれるタイプじゃないですか!
「お嬢様、渉様が節度のある立派な男性というだけで、普通の男なら、押し倒されててごめにされてもおかしくないんですよ。ご自分が魅力のある女性だということをご認識ください。」
「まあ…、葵はそんな状況で押し倒された経験がありますの?」
清華が興味津々乗り出して聞く。
「…私のことはよろしいんです!とにかく、むやみやたらと男性の前で目を閉じるのはお止めなさい!」
「むやみやたらとは失礼ですわ。渉君だけですし、まだ数回ですのに…。」
「では、布団が敷いてあるような個室では止めなさい。」
「わかりましたわ。…難しいですわね。」
清華の言う通りなら、何度かキスするようなチャンスはあったようなのに、何故渉は清華に手を出さなかったのか?
今時の正常な男子なら、鼻先に人参をぶらさげられた馬状態なはずなのに…。
渉様が清華お嬢様に気があるのは確かなようだし、何よりお二人はご婚約までされて…。
そこで、まさかと思ったが葵は清華に聞いてみた。
「あの…、ご婚約式はなさいましたか?」
「いえ、二十歳になったらと、お母様と渉君のお父様で話されたようですわ。」
「ようですわ…とは、その場所にお嬢様方はいらっしゃらなかったんですか?」
「はい。渉君と庭を散歩しておりましたから。」
「ご婚約のお話しは、渉様とはなさいましたか?」
清華は目を閉じて考えてみた。
「いえ、していないかと。」
「もう一つ、よろしいですか?渉様とお付き合いなされたきっかけは?告白はどちらから?」
葵ってば、聞きたがりね。
清華は、初めて渉と会った経緯から、今までのことを話し始めた。
幸せそうに話す清華に反比例して、葵の表情はドンドン険しくなっていった。
そもそも、この二人…まだ付き合ってすらもなくないですか?!
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