第45話 葵先生の妊娠

 昨晩、渉と清華は健にリビングに呼ばれた。

 リビングに行くと、健と葵が並んで座っており、葵の手を健が握っていた。

「親父…?」

 若干葵の顔色が悪く見えた。

「渉、清華さん、話しがあるんだ。座ってくれ。」

 その深刻そうな表情に、渉は嫌な予感がする。


 まさか親父、親父達…。


「ちょっと、待った!親父のカミングアウトは聞きたくないぞ。」

「カミングアウト…と言えなくはないのか。」

「渉君、とりあえず聞きましょう。葵、具合悪そうだけど、大丈夫ですか?」

「病気ではないので…。」

 健が葵の背中を撫でる。


 ウッ…、見るからにカップルなんだけど、そうなのか?

 親父が新境地に…?


「あのな、突然で申し訳ないんだけど、僕は葵さん…いや葵と結婚することにした。」

「結婚?!」

「まあ、おめでとうございます。」

 渉は、エッ?!と清華を見る。

 清華は手を叩いて喜んでいる。

「籍を入れるのは…と言ったんですが…。」

 葵がすまなそうに渉を見る。


 いや、結婚は無理だろう?

 養子縁組ってやつか?

 僕は葵先生と兄弟になるのか?


 結婚と聞いても、まだ勘違いに気がつかない渉だった。

「渉様の気持ちが一番かと思います。もし反対というのなら、やはり私は…。」

「ダメだ!君一人の問題じゃないんだから。」

 渉は脂汗が出るほど、悩んだ。


 葵先生はいい人だ。

 たとえホモだろうと、葵先生の人間性には関係ない。

 でも、親父がホモっていうのはちょっと…。


 渉は目の前で言い合っている二人を見た。

 健は結婚を主張し、葵はあくまでも渉の心情を一番に考えるべきだと主張していた。


 ……親父には、親父の恋愛があるんだよな。おふくろが死んでから、女の影すらなく仕事一筋で、僕のことを育てて。実体が出てきたと思ったら、女じゃなく男だってのがあれだけど…。

 親父は親父。僕が反対することじゃない。


「あのさ、反対は別にしないよ。」

「エッ?」

「エッ?」

 健と葵が言い合いを中断し、二人して渉の方を見た。

「親父の人生だ。親父が思った通りにすればいいと思う。まあ、今すぐ受け入れろって言われても、なかなか難しいけど、でも努力はするよ。」

「よろしいんですか?」

「だって、お互いに好きなんだろ?いいも悪いもないんじゃない?世間の目は厳しいかもしれないけど、頑張れとしか言えないよ。」

「そうですよね。やはり、世間体が悪いですよね。」

 ポロポロ涙を流す葵を見て、渉は慌ててしまう。

「まあ、今のご時世、そんなに珍しくはないよ。うん、ここは田舎だから珍しいかもしれないけどさ。大丈夫!僕応援する!うん、もう受け入れた。親父がホモだろうと全然平気!」

「はあ?」

 葵の涙を拭いていた健が、すっとんきょうな声を上げる。

「誰がホモだって?」

「親父達だろ。」

 清華が渉の袖を引っ張った。

「渉君、葵は女性ですわ。」

「はい?」

 葵の涙もピタリと止まり、微妙な表情になる。

 葵はすっくと立ち上がると、渉の横にやってきて、渉の手をとった。その手を葵の胸に押し当てる。

「葵!」

「葵さん!」

「ウワアッ!」

 渉はびっくりして椅子から転がり落ち、葵は憮然とした表情で立っていた。

「まさか、これでもおわかりにならないとかおっしゃらないでしょうね?」


 確かに胸の感触があったような…。


「葵、やり過ぎです!」

 清華が渉に手を差し出して椅子に引っ張りあげる。

「そうだよ。君の全ては僕のものなんだから、気安く触らせないでくれ。」

 健がしっかりと葵を抱きしめた。


 親父…色ボケしてるぞ。


 呆れたように健を見ながら、やっと渉も理解ができた。

 確かに、葵が男だとは誰からも聞いていない。勝手に思い込んでいただけだ。


 それにしても…。


 女性であると認識したせいか、健の横にいると、もう男には見えなかった。

「結婚ね、いいんじゃない?男女だったら、余計問題ないじゃん。今時再婚なんて普通だろ?世間体が悪いなんてことないじゃん。」

 渉はショックが大きすぎて、もはや父親の結婚ごとき、問題でもなんでもないことのように思えた。

「それが…、おなかに…な?」

 健が葵のおなかをさする。

「もしかして、オメデタですか?」

「そうなんだ。まだ七週なんだが。」

「じゃあ、葵の具合が悪そうなのは悪阻?」

 葵はうなずく。

 健は愛しそうに葵のおなかを撫で、葵はその上に手をのせる。

「そ…うか、七週ってどれくらい?」

「魚から人間に変化してる最中です。」

「葵先生、保健体育の授業じゃないんだから…。」

「一センチちょっとくらいの大きさですよ。」

 葵は、テーブルに写真を一枚だした。

 赤ん坊のエコー写真だった。

「いっちょまえに形があるな。ふーん、へぇー。」

 渉は、清華と一緒に写真を見る。


 これが、僕の兄弟か!


 実際に見ると、妙に現実味があり、じわじわと愛情が湧いてくる。

「可愛いな。」

「可愛いですわね。」

 すでに兄バカである。

「いいのか?」

 健が恐る恐る聞く。

「いいって何が?結婚か?」

「まあ、色々。結婚もだし、赤ん坊もだし…。」

 渉は健の肩を小突いた。

「バッカじゃねえの。僕がダメって言う話しじゃないだろ。第一、弟欲しかったんだよな。いや、妹もいいか。まあ、いいんじゃないってことで。」

 渉は立ち上がった。

 なんとなく、親の結婚話しなんか面と向かってするのも照れ臭かった。


 渉がリビングを出ると、後ろについてきていた清華が渉の袖を引いた。

「渉君、結婚に賛成してくれて、ありがとうございます。」

「いや、別に反対する理由ないしさ。正直、親父のホモを認めるより、百万倍いいよ。結婚すりゃ、いずれは子供だってできるだろうしな。後か先かってだけだし。」

「後か先か…。」


 子供を作る行為は、結婚後のことだと思っておりましたが、先に行うこともありますのね?


 清華にとっても、葵の妊娠は衝撃だった。葵が健と付き合ったのは最近のはずなのに、すでに子供までできているのだから。


 結婚できる年齢になったら…なのかしら?

 私…できますわ。十六ですもの。

 渉君は確か、誕生日が四月のはずですから…。あと四ヶ月後!

 そんな、心の準備が…。


 渉の袖をつかんだまま黙りこんでしまった清華に、渉は覗きこんでキスをした。

「どうしたの?寒いから部屋入ろうか?」

 清華の部屋に二人で入る。

 渉は、清華の腰に手を回し、音をたててキスをする。

「何考えてるの?」

「子作りについてです。」

 清華はストレートに言う。

「えっと…?」

 渉は、西園寺家の心得を読んで固まっていた清華を思い出した。

「私達はまだ結婚できる年ではありませんので、もちろんまだできませんが、もし…その…年齢がたっしましたら、しなければならないのでしょうか?」

「しなければならないっていうか、したくないものはしなくていいし、したいと思った時にすればいいのかと…。」

 清華は、ビックリしたように渉を見る。

「したいと思うんですか?」

 渉は、ここは間違ったらいけないとこだ!と慎重になる。

 前みたいに、下手に結婚までとか言ってしまったら、自分の首をしめるだけだ。


 でも、なんて説明したらいいんだ?!

 なんて説明したら、Hすることが恋人同士の自然な流れだと納得させられるんだ?


 渉は清華の肩をつかんで、とりあえずキスをして時間をかせいだ。

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