第38話 高橋君 見習い開始
「…ただいま。」
健はリビングにしている部屋にこっそりと入ってきた。
渉がいないのを確認すると、ホッとしたように息を深く吐き、電気をつけて流しでコップに水をくんだ。
もうすぐ夜中の一時だ。こんなに遅くに帰ってきたのは、渉が生まれてからは一度もなかった。
「ハア…。」
水を飲むと、頭がすっきりする。
さっきまで葵と一緒にいて…、まあなんだ、いわゆる大人の恋愛に発展していたわけだ。
妻が亡くなってから四年、死ぬまで一人だと思っていた。渉の父親であること以外、他に求める物はなかった。
そんな枯れっ枯れだった健に、いきなり若くてとびきり美人の彼女ができたのだから、ボーッとしてしまうのはしょうがないことだろう。
つい、さっきまでの葵との出来事を思い返してしまう。
あまりに久しぶり過ぎて、葵の若々しい身体に歯止めが効かなくなり、かなり無理をさせてしまったのではないかと、正直反省していた。
「まだ、現役だな…。」
水を一口飲みながらつぶやく。
「何が現役なんだよ?」
健はあまりにびっくりして、水を吹き出してしまった。
「なんだよ、汚ないな。大丈夫かよ?」
咳き込む健の背中を、起きてきた渉が叩いてやる。
「ずいぶん遅かったな。」
「まあ、ちょっと、葵さんと、なんだ…。」
「葵先生と飲んできたのか?珍しいな。」
渉は、健からわずかに石鹸の匂いがするのを嗅ぎとる。
家のシャンプーの香りではない。
まさか親父…。
渉が健の顔をじっと見た。
健は、さりげなく視線を外す。
葵先生と…。
さらに健を見つめ、健の額に汗が浮かぶ。
不健全な店に行きやがったな!
渉はいまだに勘違いをしていた。
男二人で、お金を払って女の子に相手をしてもらうような店に行ったんだと…。
母親が死んでから、家と仕事場の往復だけで、女っけの全くなかった父親だ。
まだ若いのだから、たまにはそういう店にも行きたくなるかもしれない。
にしても、葵先生を誘うなよな。っていうか、葵先生女に興味なかったんじゃ?さすがに親父にカミングアウトもできないだろうから、無理して付き合ったんだろうか?
「親父!」
「はい!」
「あんまり葵先生に無理させんなよ!」
「………はい。」
「全く、一応代理とはいえ学校の先生なんだから、そういう場所に連れて行ったらまずいんじゃないの?」
ついでに、性癖的にも…。
「いや、でも、家ってのも…。」
家って、デリ○ルかよ?
親父もまだ若かったんだな…。
「せめて、キャバクラくらいにしとけよ。風呂に入るような店は一人で行けよ。」
「え、ああ、うん…って、違うから!」
「違うの?」
「違います!キャバクラだって行ったことないんだから。」
じゃあ、スーパー銭湯でも行ってきたのか?
「明日は学校だろ。早く寝なさい。」
これ以上つっこまれないように、健は話しを切り上げる。
「親父もな。仕事だろ。」
渉は深く考えずに自分の部屋に戻った。
ちょうどそのとき、自分の部屋に戻った葵は、自分の布団を見て戸惑っていた。
「なんだって、お嬢様が私の布団で?」
起こそうかとも思ったが、クタクタでそれどころではなかった。
何せ、見た目は淡白そうな健だったが、思っていた以上に…。
「ちょっと、失礼します。」
葵は清華の隣りに潜り込むと、久しぶりに熟睡した。
朝、サーヤの目覚ましが鳴りっぱなしだったため、渉も目が覚めてしまった。
いつもなら、数回鳴ってもすぐに清華が起きて止めるのに、今日にかぎって寝坊だろうか?
渉は一分ほど目覚ましを聞いていたが、ムクッと起き上がると、廊下に出て、清華の部屋をノックした。
しかし返事がない。
「サーヤ、具合でも悪いの?開けるよ。」
部屋を開けると、清華はいなかった。それどころか、布団で寝た形跡すらない。
渉は急いで葵の部屋へ向かった。
「葵先生、サーヤがいな…い。」
ノックと同時に葵の部屋を開けると、葵の布団に仲良く眠る葵と清華がいた。
「サーヤ…。」
珍しく葵も寝坊していた。
渉が扉を開けた音で二人とも目が覚めた。
「おはようございます。渉君。葵、おはよう。」
「お二方、おはようございます。申し訳ありません。私としたことが、寝坊してしまいました。」
謝るのは、そこなわけ?
この状況は、問題じゃないのか?
二人とも焦ることなく、普通に起き上がり布団から出て、布団を片付ける。
「久しぶりに葵と寝ましたわ。」
「そうですね。昔は、私の添い寝がないと眠れないと、しょっちゅう私の布団に潜り込んでいましたが。」
いやいや、さすがにもうまずいだろ?!
渉は、ツッコミたかったけど、ツッコメなかった。
「健さんはもう起きましたか?」
「まだ寝てると思うけど。」
「いつも、何時に起きられますか?」
「朝風呂派だから、だいたい七時かな?でも、昨日二人で風呂入ってきたんだろ?」
葵の笑顔が一瞬固まる。
「スーパー銭湯?お酒飲んでから行かないほうがいいよ。」
葵はホッとしたようにうなづいた。
「わかりました。渉様、支度をしますので、よろしいでしょうか?」
葵が寝間着に手をかけ、着替えるジェスチャーをする。
「ああ、うん。」
渉は清華と葵の部屋を出る。
「あの…さ。」
「はい?」
「葵先生と、今でもたまに寝るわけ?」
「いえ、久しぶりですわ。葵に話しがあったので部屋で待っていたら、眠くなってしまって…。」
清華の様子に悪びれた感じはなく、本当に純粋に眠っただけだとわかる。
「その…、あまり無防備すぎるのもどうかと思うよ。」
清華は、よくわからないと首を傾げる。
「まあ、兄妹みたいな感じなんだろうけど。」
女に興味がないと言っていたから、本人達は姉(?)妹みたいな感じなのかもしれないけどさ、やっぱりあまり見たい光景じゃない。
実際は、本当に姉妹みたいな感じなんだが、渉の勘違いは現在進行形だ。
「おはようございます!」
いきなり目の前に、学生服姿の高橋が立っていた。
「キャア!」
清華は、慌てて渉の後ろに隠れる。
ガウンを着ているとはいえ、まだ寝間着姿だったからだ。
「高橋…君、なんだってこんな早くから?」
「昨日葵先生に言われまして。毎朝六時に西園寺家集合と。一秒でも遅刻したら、即見習い中止と。玄関で待ってたんですが、いらっしゃらないので、上がらせてもらいました。」
清華の悲鳴を聞いて、着替えた葵がとびたしてきた。
「高橋君、おはようございます。初日から、ちゃんときましたね。では、庭の掃除をお願いします。庭は屋敷の周り全てです。」
「はい!」
高橋は元気よく飛び出して行く。
「葵先生…。」
葵は、ポリポリと頭をかく。
「いえ、ああ言えばこないだろうと思ったんですが…。まあ、続いて一週間でしょう。」
「でも先生、彼がうちにくる限り、サーヤの部屋と僕の部屋が隣りってのはまずくないですか?」
「そうですね…。では、私の部屋と清華お嬢様の部屋を交換しますか?」
「嫌です!」
清華がプクッと頬を膨らませる。
「困りましたね…。では、私がお嬢様の部屋の隣りに越してきましょう。」
もし万一、清華と渉の部屋が隣りだとばれても、その隣りに葵がいれば、多少はマシかもしれないという、悪あがきであった。
「まあ…、しばらくは庭掃除のみさせておきます。さすがにこの寒さで、彼もこたえるでしょうから。」
葵も清華も、もちろん渉も、高橋の情熱を甘く見ていた。高橋の清華への、清華のおっぱいを触りたいという情熱は、真冬の寒さを吹き飛ばしてしまうくらい熱い物だった。
執事になれば、ご主人様の胸を触れるかもしれない!という高橋の野望は、100%叶うことはないのだが…。
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