第24話 お嬢様、ふしだらについて考える

「西園寺清華! 」


 昼休み、渉の待つ学食へ行こうとした清華は、呼び止められて振り返った。

 声や口調は裕美だったのだが、振り返っても裕美がいない。

 清華は首を傾げながら、学食へと足を進めた。


「なんで無視するのよ! 相変わらず失礼な女ね! 」


 清華は再度振り返る。

 後ろには、見たことない女子が一人……いや、昔の……化粧する前の裕美に似た女子が立っていた。

 ナチュラルメイクで、決してスッピンではなかったが。

 なんていうか……、美人ではないけれど、こちらの方が清潔感があり、お嬢様っぽいかもしれない。

「裕美……さん? 」

「私以外に誰がいるのよ」

「あの……なんか、イメチェン?爽やかになられて」

「何よ! ちょっと、化粧を変えただけじゃない。別に、生徒会長に言われたからじゃないわよ! 」


 渉君?

 何故、渉君が裕美さんのイメチェンに関係が?


「そんなことはどうでもいいのよ! 西園寺清華、あなたと生徒会長、同棲してるのはわかっているのよ! 」

「イヤですわ。同棲なんて」


 清華はポッと頬を染め、そんな清華を見た裕美はイライラと腕組みする。


「一緒に生活していることは否定しないのね? 」

「わかってらっしゃるのでは?」

「そうよ!見たんだから! 」


 そう、渉が西園寺家に入るのを見ていたのは、裕美だったのだ。先に走っていったようにみせかけて、待ち伏せしてあとをつけていた。

 渉がどこに住んでいるのか、無性に気になってしまったのだ。


「なら、否定はいたしませんわ。いずれは、ばれてしまうでしょうし」


 裕美の頬がピクピクする。


「それは、二人は……同棲するような関係ということかしら? 」


 裕美の声は上ずっている。


 婚約は、まだ内緒なんですわよね? かといって、西園寺家の内情をお話しするわけにもいきませんし……。


「下宿みたいな感じで、空いているお部屋を貸してますの」

「はあ? 」

「ですから、渉君と渉君のお父様に、お部屋を貸してるんです。たまたま、渉君達はお部屋を引っ越したくて、うちは空いているお部屋を使わないと……と思っておりましたので」

「だからって、年頃の男女が同じ屋敷に住むなんて、ふしだらじゃない! 」

「まあ、ふしだら……とは? 」


 清華は、どのような行為がふしだらにあたるのか考えた。


「手をつないだりでしょうか? 」


 裕美を伺うように清華は言った。


「あなた、私をバカにしているの? 」


 では、セーフですわね。

 でも一度抱きしめていただいたことがありましたわね。( 渉が寝ぼけてだが )

 あれはふしだらに入るんじゃ?!


「抱きしめられたりは……? 」


 裕美は、イライラしたように床を踏み鳴らした。


「だ・か・ら! バカなの?! そんなもの、ふしだらに入るわけないでしょ!ふしだらと言えば、……キ……キ……キスとかに決まっているじゃない! 」

「キス……接吻ですか?! そんな、ないですわ! 」


 真性お嬢様と成り上がりお嬢様は、同じように顔を真っ赤にして、照れまくる。


「なら、西園寺清華と生徒会長は、そういうことをする関係ではない……ということね? 」


 婚約者ではあるけど、まだ接吻はしてもらっていないのだから、嘘にはなりませんわね?

 それにしても、目を閉じて待っていればいいとお母様はおっしゃったけど、いっこうに渉君から接吻してこないのは、やはり裕美さんの言うように、ふしだらな行為だと思っているからなんじゃ?

 だとしたら、高校生のうちは接吻はなしなのかもしれませんわね。

 もしかしたら、結婚してからかもしれませんわ!

 まあ! 私ったら、渉君の前で何回も目をつぶってしまいましたわ!はしたないと思われたんじゃ……。


 清華は、裕美の問いかけをスルーして、何やら一人悩み始めた。


「だから、西園寺清華と生徒会長は、キスするような関係かどうか聞いてるんだけど! 」

「なんの話しを大声でしてるんだ? 」


 後ろから声をかけられ、裕美はおもわず飛びすさる。


「渉君」

「学食にこないから、迎えに来てみれば……。何を話してるわけ?」


 渉は、呆れたように二人を見る。


「別に、たいした話しじゃないわよ。二人の関係が気になってなんか、絶対にないんだから! 私が、生徒会長ごときに興味を持つわけないでしょ! 」

「ごとき……って」


 渉は、裕美の暴言はいつものことと流すことにし、裕美に違和感を感じで、じっと見た。


「な……何よ! 」

「ああ、化粧変えたんだ。その方がいいんじゃない? 」


 裕美は、ボッと赤くなると、回れ右して走り出した。


「あ……あ……あなたに言われてじゃないんだからー! 」


 叫びながら遠ざかって行く。


「彼女……どうしたの? 」


 清華を見ると、プクッと頬を膨らませていた。


「サーヤ? 」

「いつの間に裕美さんと仲良しになられたの? 」

「仲良し……ではないよね?とか言われてたし」

「仲良しに見えました! 」


 渉は、清華の表情を伺う。


 やきもち……まさかね。


「ほら、学食に行こう。お腹すいたよ」


 清華の背中を押すと、清華は膨れながも渉の腕に手をかけて歩き出す。


「そうですわ! 大変なんです」

「何が? 」


 清華は、思い出したように言うと、腕を引っ張り渉の耳に口を近づけた。

 フワッと清華の良い香りが鼻をくすぐり、密着した清華の身体に意識が全部持っていかれる。


 胸、胸が……!


 ほんのわずかだが、肘が清華の胸に当たり、渉は咳払いをしてニヤケそうになる口元を押さえた。


「裕美さんにばれましたわ! 渉君達がうちに住んでいること」

「ああ……」


 確かに、周りの清華信者にばれたら、袋叩きに合うかもしれないから、なるべく隠しておきたいことではある。


「先生達に知られてしまっては!」


 いくら婚約しているとは言え、先生達が知ったら、裕美さんみたいにふしだらなことを想像されるかもしれませんわ。

 停学……いえ退学になるかも!


「知られる……って、引っ越した時点で、届け出してるけど? 」

「はい? 」

「だって、住所がかわるんだから、届けは出すだろ? うちの親とサーヤの親が知り合いで、西園寺家の離れを借りることになったって説明してるし」


 実際は、清華と隣りの部屋なんだけれど……。それは、さすがに不純異性交遊を疑われそうで、絶対に内緒だ。


「それに、葵先生も同じ住まいなわけだし。特に問題はないよ」

「そう……ですか。私、てっきりばれてはいけないのかと……」

「まあ、ばれないようにするなら、一緒に登下校している時点で、アウトだけどね」


 清華は、安心したとばかりに笑顔になった。


「そうですわよね。では、ばれても問題ないと」


 渉は顎に手を当てると、首を横に振った。


「いや、あまり大っぴらにならない方がいい。変なことを言ってくる奴がいないとも限らないし。よし、南野さんには、口止めしとくよ。サーヤは、先に学食でお昼食べてて! お弁当は置いてあるから」


 渉は、裕美が走って行った方へ走り出した。


「渉君! 」


 捻挫して走れない清華は、渉が裕美のところへ行ってしまうことに、不安を感じていた。


 渉君が裕美さんに惹かれてしまったら、どうしよう?

 裕美さん、きっと渉君の好みに合わせるために、お化粧薄めにしたんだわ!


 そこは女の勘。

 いつもは少ーしばかりずれている清華だったが、裕美の気持ちが渉に傾いていることを、敏感に察知していた。


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