第23話 お嬢様、求婚される

 西園寺家の大きな門の横についている通用門を開け、渉はただいまとつぶやきながら家に入る。

 その姿を、電信柱の後ろで見ていた人影がいた。


 今、ただいまって言った?


 その人影は、渉が入っていった通用門をじっと見ていた。


 西園寺家に帰ったことを見られていたとも知らず、渉は屋敷に入ると、駐車場に停められている車を見て、思わずオーッと叫んだ。


 すごい! スーパーカーだ!


 西園寺家のリムジンの横に、赤のフェラーリが停まっていた。多分、葵が言っていた客の車なんだろう。この邸宅に、フェラーリはそんなに不自然ではないが、西園寺家の内状を考えると、そんな親戚がいたなんて驚きだ。


 何で、援助してもらわないんだろう?


 渉達が家賃を入れるまで、米さえも満足に買えない生活をしていた清華達だ。こんな車に乗れるような親戚がいるのなら、多少の援助くらいしてもらってもいいようなもんだが。

 西園寺本家の面子ってやつだろうか?


「ただいま帰りました」


 玄関を開けると、葵が出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。渉様、お着替えになられましたら、居間までおいでください」

「居間って、お客様は? 」

「いらしております。ご紹介なさりたいそうです」


 紹介って、西園寺家の客に、なんで僕が?


 どういう立ち位置で挨拶すればいいのかわからなかったが、呼ばれてるのならばと、急いで着替えて居間へ向かった。


「失礼します」


 渉が扉をノックしてから居間に入ると、まず正面の真ん中に清華の祖父の源造が座り、左右に彩香と清華が座っていた。客は男性のようだが、渉の位置からは背中しか見えない。


「渉君、こっちへ」


 源造に手招きされ、清華の隣りに座る。


「なるほど、この子が渉君ですか。僕は上条忍かみじょうしのぶ、はじめまして」


 忍は、渉に向かって手を差し出した。

 渉は握手をしながら、どんな紹介のされ方をしたのかわからず、とりあえず曖昧な笑顔を浮かべた。

 忍は、二十代前半くらいだろうか? 童顔な顔立ちをしているので、年齢がわかりづらいが、車の運転をしているから、十八才はこえているはず。ただ、雰囲気は落ち着いているから、もしかしたら二十代半ばかもしれない。


「清華ちゃん、彼を借りてもいいかい? 」

「私もお供致します」


 清華は、しっかり渉の腕を掴んだ。


 忍がどんな人物かもわからず、並んで西園寺家の庭を歩いた。清華がガッチリ腕を組み、後ろに葵がついてきながら。


「渉君は、今の西園寺家の現状をどう思うかな? 」

「どう思うか……ですか? 」


 正直、まずいな……とは思う。だからと言って、自分にどうこうできる問題でもないから、何とも言うことができない。

 忍は、言葉を濁す渉を見て、深くうなずく。


「上条グループってわかるかな?」

「上条グループですか? 聞いたことがあるような気がしますけど」

「うん。一般の高校生も知っている会社だとはわかるよね? 」

「はい……」

「僕は……上条家の姓を名乗らせてもらってるけど、本流ではないんだ。父は、まあ……博愛主義みたいなとこがあってね。いわゆる僕は妾の子供……ってことになるのかな」


 初対面の人間の出生の秘密( ? )を聞かされ、何と言っていいのか分からず、間の抜けた相槌くらいしかうてない。


 何が言いたいんだ?


「それでも、会社を一つ任されてる。上条グループは、父の本妻が立ち上げたのにだよ。ありがたいよね。だから、僕は恩返しがしたいんだ」

「恩返しですか? 」

「私はお断りいたしました。何回言われても、返事は変わりませんから」


 清華は、渉の腕をギュッとつかむ。


「つれないな。清華さんが十六になったから、正式に申し込みにきたというのに。西園寺家は金銭的な援助が受けられ、上条には西園寺のネームバリューが手に入る。悪い縁談じゃないはずだよ」


 縁談?!


 渉は、驚いて清華を見ると、清華はフルフルと首を振り、キッと忍を睨むと、きっぱりと言った。


「私には、渉君という婚約者がおりますので、忍さんとは婚約できません! 」


 エッ……エエッ?!


 渉は、口をパクパクさせながら清華を見る。


「さようでございます。清華お嬢様は渉様と正式に婚約されております。だからこそ、西園寺家にお住まいなんです」


 葵が清華を後押しするように言うと、忍は葵の顎に手をかけ、顔を近づけた。


「全く、麗しの君はいつもつれない。もう少しくだけてくれてもいいのに」

「清華お嬢様に求婚にいらしたと認識しておりますが」


 葵は表情も崩さず、忍の手を顎から外す。


「僕は、美しい者が大好きなんです。清華さんをお嫁にもらえば、あなたもついてきますからね。一石二鳥というのは、こういうことを言うんですよね」


 にこやかに、不道徳なことをサラリと言い、葵の手をとって口づけた。


 ……初めて見た!

 この人、両刀使バイいなのか?!


 金持ちの趣向は全くわからないが、清華と結婚して、さらに葵にまで手をだそうとしている。


 そうか! 婚約者のフリをするために、呼ばれたってわけか!


 渉は、心の中で手を叩いた。

 関係ない渉が、なんで忍に紹介されたのか、やっと理解できた気がした。それにしても、恋人をとばして、いきなり婚約者とは……。

 立ち位置がわかれば、それなりの態度をとれるというものだ。

 渉は、清華の腰に手を回し、精一杯婚約者らしく振る舞おうとした。


 渉君ってば!

 やっと……やっと、触れて下さいましたわ!

 なにか、ちゃんとした恋人みたいじゃないですか!


 清華は、最高に幸せそうな笑顔を浮かべて渉に寄り添う。その嘘のない笑顔は、何よりも説得力があった。


「僕はまだ高校生ですし、 サーヤを……西園寺家を支えられるものは何もありません。でも、僕はあなたみたいに不誠実なことはしない。サーヤだけが好きだ! 」


 清華は、感極まってウルウルしている。


「やだなあ、僕も誠実だよ。一人一人に対して嘘はないし、みんなを平等に愛してるからね」

「みんなって……、ちなみに、何人? 」


 忍は、素直に指を折って数え出す。


「彼女は五人かな? 」


 彼女は……って、彼氏もいるんですか?


 渉は聞けなかった。


「とにかく! サーヤのことは諦めてください。サーヤは僕の婚約者です」


 忍は、クスッと笑った。


「まあ、今回は帰るよ。でも、僕は気が長い方なんだ。いつでも待ってるからね。葵君、君だけでもウェルカムだから」


 忍は、綺麗にウィンクをきめると、笑いながら帰っていった。

 忍の姿が見えなくなると、渉は清華から手を離し、しゃがみこんだ。


「もう、( 婚約者のフリするなら )事前に言ってくださいよ」

「すみません、前から清華お嬢様との縁談を匂わすようなことは言っていたんですが、まさか今回本格的に申し込んでくるとは思わなかったんです」

「渉君のおかげで助かりましたわ。( 私だけが好きだって言われて )凄く、凄く、嬉しかったです! 」

「いや、こんなことくらいいくらでも……」


 涙ぐんでいる清華に戸惑いながら、渉は立ち上がって清華の肩に手を乗せた。


 そんなに、あの忍って人が嫌だったんだな……。

 お嬢様も大変だ。

 まだ高校生なのに結婚せまられて。恋愛だってまだだろうに……。


 一瞬、清華と恋愛している自分を想像してしまい、顔を赤らめる。


 やばいなあ……。やっぱり、僕はサーヤのこと……。


 渉は、婚約者のフリとしてサーヤが好きだと言ったのであるが、口に出して初めて、自分の本当の気持ちに気がついたのだった。

 それまで、一生懸命否定してきた気持ちに……。

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