第26話 お嬢様、キスまであと数センチ

 文化祭前日。

 すでに西園学園はお祭り色一色になっていた。

 清華のクラスはお姫様喫茶で、女子はお姫様、男子は召し使いの格好をし、ワッフルと紅茶を出店することになっていた。裕美のクラスは定番のお化け屋敷だが、そのクオリティの高さは、事前から噂になっていた。渉のクラスは講堂で行う男女逆転ファッションショーだ。

 他にも、焼きそば、お好み焼き、クレープなどの食べ物を販売するクラス、射的、スーパーボールすくい、輪投げなどの縁日の屋台を出店するクラスなどがあり、とにかく騒がしく支度していた。


「生徒会長、門の飾り付け、脚立が必要なんですが、一番高い脚立の貸し出しお願いします。」

「会長、二年のクラスで喧嘩だそうです。」

「会長、講堂の出演順番で苦情がきてます。」

「会長!」

「会長!」

 続々と渉のところへ問題事が持ち込まれてくる。

「脚立は体育倉庫だから、体育の小泉先生に鍵借りて。喧嘩は知らん!この忙しい時期に下らないことにさく時間はない。尻でも蹴飛ばしとけ。出演順番は、変更不可!プログラム印刷済みだ。あとは、並んで言ってくれ!」

「あ、俺、尻蹴飛ばしてくる。」

 司は、これを期にさぼろうとしているのがバレバレだが、前生徒会長の司に喧嘩を吹っ掛けてくる生徒もいないだろうから、適任と言えなくはない。

「ついでに、見回りしてくるな。」


 やっぱりさぼるつもりか!


「司先輩、トランシーバー持って行って下さいね。何か問題起こったら、仲裁頼みますから。」

「えーッ!」

 嫌そうな顔をする司にトランシーバーを押し付ける。

「さぼらせませんよ。」

 司は、ヘエヘエと言いながら生徒会室を出ていった。

「遠藤、お手伝い係は?仕事割り振った?」

「一応3班にわけて、校門の飾り付け、校庭のテントの設置、講堂の飾り付けに回ってもらってる。今回も南野さんが大活躍で、適材適所に振り分けてくれたよ。あの子、マジ使えるね。それに、お手伝い係の中の一部の生徒に人気あるみたいだな。女王様扱いだ。」

 誰に対しても上からの物言いだから、反感も多いようだが、コアなファンもいるようだ。

「清華様は、講堂の飾り付けに入っていたよ。」

 聞いていないのに、遠藤はリストを確認して報告してきた。

「そう。」

 渉は気にしていない素振りを装い、後で様子を見に行ってみようと考えていた。

「ミス西園とミスター西園の出演者には、交渉した?」

 コンテストの出演者名簿を確認していないことに気がついて、書類を漁る。


 ミス西園、ミスター西園は、生徒から推薦を募り、学園一の美男美女を決めようというもので、推薦の多い者十人づつに交渉して出てもらうことになっていた。


「そうだね、女子は十人決まったよ。清華様と南野さん、生徒会書記の松原さんも入ってるよ。」

「へえ、松原さんも…。」

 松原は、地味な眼鏡っ子なんだが、確かに目鼻立ちはくっきりしていた。眼鏡外して化粧したら、以外と化けるかもしれない。

「男子なんだけど…。司先輩も入って、九人までは決まった。」

 司は、去年のミスター西園のはずだ。

 司の見た目は中の上というくらいなのだが、何故か…本当に何故かわからないが人気があった。

「あと一人は?」

「これから交渉する。他でてまどって、今日になっちまった。」

「これから?大丈夫なのか?」

 渉は、書類を書いていた手を止めて顔を上げた。

 文化祭は明日だ。

 もし断られたら、次を探している時間はない。

「まあ、断られなければ。」

「うまくやれよ?」

「というわけで…、東條、出演OKだよな?」

「僕?!」

 渉は、すっとんきょうな声をあげる。

 遠藤は、推薦票の束を取り出して、渉の前に置いた。

「三十七票ある。何故か、司先輩に次いで二位だ。」

「ハア?」

 票を手に取ると、そのほとんどが渉の名前ではなく、生徒会長と書いてあった。


 五票だけフルネームだけど、二票は達筆、一票は丸文字、一票は殴り書き、最後の一票はたぶんこいつだ!


「これ、おまえだよな?」

 遠藤は、シレッとうなずく。

「だって、清華様が出るんだから、やっぱり東條も出ないとだろ?」

「なんでだよ!この汚ないのは司先輩だな?これは…。」

「達筆のこっちは清華様だな。で、こっちの丸文字は南野さんだな。これがわかんないんだよな。見た記憶があるような…。まあ何にせよ、モテモテだな東條。ミス西園に出場する二人から指名されて。」

「サーヤ以外は、単なる嫌がらせだろ。にしても、この生徒会長ってのは無効票じゃないのか?個人名じゃないし。」

「生徒会長は一人しかいないからセーフだ。で、出場するよな?今さら断るなよ。」

 渉は頭を掻きむしる。

「あー、もう!わかったよ。出ればいいんだろ!おまえ、わざとだろ?早い時期に言ったら断るから。」


 遠藤は知らん顔をしつつ、出演者渉の名前を書き足し、渉のもとに持ってきた。

「ほい、承認のはんこ押して。」

 渉は、ムスッとして生徒会のはんこを押す。

「今年は、ミス、ミスター西園の前座で、先生バージョンも行うことになっていて、ミズ西園とトップオブザ西園を決めるから。」

「先生達の許可はとったか?」

「もちろん。これがその名簿。」

 渉は、名簿を見て首を傾げる。

「これ、両方に葵先生の名前があるけど。」


 先生達は三人づつのエントリーで、女性二人は、正統派美人の現国の佐伯先生と、可愛らしい癒し系の保健室の田中先生。男性二人は、ムキムキマッチョの体育の小泉先生に、イケメンだけどカツラ疑惑のある数学の渡邉先生。そして、両方にエントリーがあるのが、英語代理教師の黒沢先生…そう、葵だ。


「了解受けてるから大丈夫だ。両部門でトップの票だったんだ。」

「葵先生がいいならいいけど…。」

 渉は、書類にはんこを押し、確定の箱に書類を入れる。


 葵先生の性格からして、こんなお祭り騒ぎの余興に出てくれるとは思えないけど…。


「もしかして…!」

「そう、清華様に交渉してもらったんだ。」

 清華の言う事なら、ある程度は聞くかもしれない。

「おまえ、策士だな。」


 僕より、よっぽど生徒会長に向いていると思うよ。マジな話し…。


 遠藤は黙々と仕事を続け、渉はひたすら書類を読み、はんこを押していった。

 今さら却下もできないのだから、読まずにはんこを押してしまえばいいのかもしれないが、渉の真面目な性格上、危険がないか立案書の隅々に目を通していたら、文化祭前日になってしまったのだ。


「渉君、おにぎり持ってまいりました。」

 生徒会室がノックされ、清華が控え目に顔をだした。

「サーヤ、まだ残っていたの?」

 すでに辺りは真っ暗で、生徒達は下校しているはず。文化祭前日のみ、二十時まで最終下校時間を延ばしているが、すでに三十分過ぎていた。

「葵に送ってもらいましたの。」

「俺、仕事終わったから先帰るぞ。お疲れ!」

 唯一、一緒に残っていた遠藤が、気を利かせたのか、帰り支度を始めた。

「おい、ちょっと…。」

 遠藤が出ていき、生徒会室に二人きりになる。

「渉君、おにぎり食べさせてあげますわ。一口大に作ってまいりましたから、食べやすいと思います。」

「いや、でも…。」

 渉は辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、アーンと口を開けた。

 清華は、頬を染めながらおにぎりを一つ、渉の口に入れる。

 わずかに渉の口に手が触れ、清華の心臓がバクンッと跳ねた。

 渉は書類に目を通しながら、ゴックンしたら口を開ける。清華はその度におにぎりを口に入れ、たまにお茶を口に持っていった。


 なんか、新婚さんみたいで…。

 キャー、新婚ですって!やですわ、やですわ!


 清華は一人幸せそうに顔を蒸気させた。

「あ、ご飯粒が。」

 清華が渉の口の端についたご飯粒を取ると、パクンと自分の口に入れた。

「あっ…。」

 渉の顔も赤くなる。


 あのご飯粒になりたい…って、僕は変態か?!


 清華のふっくらした唇が、自分の口についたご飯粒を食べた…と思うと、その唇が気になって気になって…!

「サーヤ…。」

 渉の手が清華の肩に触れた。

 清華は渉の方を向いて微笑んだ。


 お母様、ここですわね!?


 清華は静かに目を閉じる。

 渉は、目を閉じてわずかに上を向く清華に、ワタワタとしてしまう。

 周りをキョロキョロ見てから、清華のふっくらとした唇に視線が引き寄せられる。


 いいのか?いいのか!


 清華の両肩に手を置き、その手に力が入る。清華は目を閉じたままだ。


 目を閉じるって、そういうことだよな?でも、なんで僕?

 キスしてみたいお年頃とか?

 いや、サーヤのことだから、何か勘違いをしているのかもしれないし…。

 でも!こんなチャンスは二度とない


 渉はゴクリと生唾を飲み、ジワジワ清華の唇に顔を寄せていき…。

 清華との距離があと一センチくらいになった時、生徒会室がノックされた。

 渉は慌てて清華から離れる。

 清華もバチッと目を開け、おもいっきり下を向く。


 今…、渉君の吐息を感じましたわ!とても近く…。


「清華様、そろそろ…。お邪魔しましたか?」

 葵がドアを閉めようとした。

「待った、待った、待った!」


 仮にも先生なんだから、見て見ぬ振りをするのはダメだろ?!


 葵が何を考えてドアを閉めようとしたかわからないが、とにかく弁解しないと!と、渉は立ち上がって葵の方へ走った。

「いや、全然そういうのじゃないから!うん、変なことしようとか考えてないし。」

 葵はクスッと笑う。

「まあ、高校生ですし。節度のあるお付き合いなら…。外国ではキスくらい挨拶ですしね。」

 渉にしか聞こえないような小声でつぶやく。

 やっぱり、キスしようとしてたのバレバレじゃないか!

 第一、お付き合いも何も、まだそういう関係にすらなっていないのだから、さっきの雰囲気は絶対にヤバイって!

 それにしても、サーヤはどういうつもりで目をつぶったんだ?


 渉は葵にそうじゃないと弁解しながら、清華の方を伺った。

 清華は、渉がキスしてくれようとしたという事実が嬉しかった。今まで目をつぶっても、スルーされるか、目にゴミでも入ったのかとか勘違いされてばかりだったのだから。


 葵という邪魔さえ入らなければ!

 次は絶対にファーストキス、してもらえますわよね?

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