第45話 ラフィオンの叙爵式

『また酔った状態にならないかい?』


「半分とか……そういうことは無理かしら? ちぎってしまったら効果が無くなる?」


『ちぎるねぇ。試してみるがいいよ』


 エリューはあっさりと許可を出すと、自分の葉を一枚分けてくれる。

 葉脈が薄ら銀に輝く黄緑の葉は、相変わらずうっとりするほど綺麗だ。

 それを一口だけ齧ってみる。


 ふわっと体が熱くなる感覚があるけれど、前の時ほどではない。意識もしっかりしているし、うふふあははと笑い出すこともなさそうだわ。

 とりあえずこれで様子を見ようかしら?


「あとはラフィオンが呼んでくれるのを待つだけね……」


 すると、一部始終を見ていたモグラのモリ―がくすくすと笑った。


『上手く呼んでもらえるといいんだけど』


『精霊が自分で他の精霊を呼ぶなんて、めったにないことだからねぇ……。同属性ならまだしも』


 エリューはしみじみとそんなことを言い出す。


「精霊が、同属性の精霊を呼ぶことはあるの?」


『精霊の住処なんかを荒らされることがあれば、そういうこともあるのさ。上手くいったら教えておくれ。本当にお前が来てから退屈しないよ』


 笑い出すエリューに、モリーもさらに笑った。


『あたしも期待してるねマーヤ。あ、そろそろ……お先に』


 ふっとモリーの姿が消える。とうとう現世に旅立ったみたい。


「また会えるように、がんばって呼ばなくちゃ!」


 気合いを入れた瞬間。私も視界が暗転した。


 ――気付けば、私は白壁に彫刻と金の装飾が施された美しい小部屋にいた。


 こういう部屋には見覚えがある。

 内装に力を入れるような貴族の館か、王宮で良く見る感じだ。故郷のルーリスは、青で模様が描かれた部屋が多かった。


『来てくれたか、マーヤ』


 その部屋にいたラフィオンは、いつになく豪華な衣装を着ていた。

 白いシャツに白のスカーフ。上着は青地に赤と金のラインが入ったもので、その上から真紅のマントを羽織っていた。


 装飾の意味合いが強そうな金の鞘の剣を腰に下げて、とても目立つ出で立ちだった。

 つい先日見た騎士らしい服装とは全く違う。装飾が多い衣装だ。


『ラフィオン、今日はもしかして……』


 騎士と言うよりも貴族らしい服装に、私がピンと来て言いかけたところで、ラフィオンがうなずいた。


『叙爵が決まったんだ。サリエル王子が根回しした通りに。今日から、新しい家名を名乗れる……。もう、あの男爵家の一員ではなくなったんだ』


 そう言ってラフィオンが微笑んだ。緊張しながらも、心の底から嬉しいのだろうとわかる笑みに、私も胸がぐっと詰まるような喜びを感じた。


 ようやくラフィオンは、あのとんでもない家から解放されるのだ。

 どれほどその時を待っていただろう。ラフィオンはずっと、家族に愛して欲しいのではなくて、自由になりたかったはずだから。


『それで、できればマーヤにも参列してほしくて』


 なるほど。ラフィオンは参列する家族の一人として私を呼んでくれたのね。

 そうよね……家族は誰も、ラフィオンのことを素直に祝ってくれそうにない人達ばかりだもの。


 お姉さんのティファナは、なんだかんだと言いながら祝ってくれそうだけれど、きっと当主になったレイセルドに阻止されてしまうわよね。

 でも大丈夫。私が百人分くらい全力で祝うわ!


『最初から最後まで、目を皿のようにして見ているわね。ラフィオンにとって素晴らしい出発点になる、この日のことを絶対に忘れないように』


 そう言うと、ラフィオンは手を伸ばして、小さな光の球になっている私を指先でするりと撫ぜた。


『ありがとう、マーヤ』


 その時小部屋の扉が開いて、王宮の侍従らしい男性がラフィオンを呼びに来た。


「ラフィオン・ディース伯爵、ご入場下さい」


 ラフィオンはうなずいて、侍従が先に出た扉へと向かう。

 扉の向こうからは、先にラフィオンの名前が新しい家名とともに大きな声で読み上げられた。

 ラフィオンの肩にくっつく形で、私はアルテ王国の謁見の間へ踏みこんだ。


 赤い絨毯が敷かれた白大理石の床の上を、ラフィオンは堂々と歩く。赤い絨毯の両脇には、この叙爵式を見物に来たのだろう貴族達がひしめいていた。

 まだ若すぎる。

 本当に火竜を呼び出したのか、とかささやく声が耳に届く。


 でも王宮に降り立った火竜を見た人はやはり多かったのだろう。私も見た、という声が続き、王も目にしたからこそ、すぐに叙爵を決めたのだという話が聞こえた。

 ささやき声が止まず、少々騒がしい。


 それを止ませるためなのか、謁見の間の端に等間隔で並んでいた槍を持つ衛兵達が、誰かの合図で一斉に槍の石突で床を叩いた。

 貴族達はびくっと肩を震わせて、口を閉ざす。

 その時には、ラフィオンは玉座のすぐ近くまで到着していた。


 少し高くなった段の上に、金で装飾され臙脂のビロードが張られた大きな椅子がある。そこに座っている人は、サリエル王子を老けさせたような顔立ちの男性だった。


 彼がアルテ王国の王様なのでしょう。

 王様は立ち上がると、側にいた侍従から銀の杖を受け取った。

 それを壇上から降り、膝をついていたラフィオンに渡すことで、叙爵は完了したようだ。


 杖を手に立ち上がったラフィオンは、さらに大人びて見えた。

 また背が高くなったのかしら。今日呼び出されるまでの間も、少し日数がかかっているはずだし。


 堂々と謁見の間から退場した後は、サリエル王子がラフィオンと合流する。

 これからサリエル王子の宮で、お祝いをしてくれるらしい。

 良かったねラフィオンと思っていた私だけど……もちろん、それで終わったわけではなかった。

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