第43話 火竜との契約
ラフィオンが雨を止ませると、やれやれといった顔で火竜が地上に降りてくる。
『こんな妙な方法でやられるとは思わなかった。冥界の使者をあんな風に使うとは……。地面と地下だけ走っていれば良いものを』
苦々しい声で文句を言い、ふんと鼻から息を吐きながらも、火竜は本当に攻撃する姿勢を見せなくなった。
『これがあれば、冥界の使者は呼び出せるからな』
そう言ってラフィオンがポケットから一つ摘まみだしたのは、黒い親指ほどの大きさの石だ。カイヴの時にも何か使っていたけれど、どういうものなんだろう。
『それは何?』
『水晶だ。そこに冥界の力を込めたもの。作り方は冥界の精霊を呼び出して……うん、マーヤは多分聞かない方がいいな。とにかく召喚のための呼び水になるものだ』
え……何。私に聞かせられないような怖い方法で作るの!?
ラフィオンが、召喚できるものを増やすための努力の一環なのだとはわかるけど、怖いことに手を染めている気がする……。
ラフィオンの方は、やや怯えた私を見てふっと笑い、火竜に向き直る。
『子竜を巻き込みかねないことをしたのは悪かった。こっちもせっぱつまっていたんだ』
『そういう意図で、背中を狙ったか……。まぁ、謝罪したことは評価しよう。もしうちの子に被害があれば、この一帯を火の海にしてやるところだったわい』
ふんす、と火竜が再び鼻息を吐く。
その様子を笑ったのは、火竜の頭の上にひょこっと姿を現した子竜のアスタールだった。
『でも父さんが遊んでいたのも悪いんだと思うんだ』
『……わしは、あの幼そうな人間の外見に騙されたのだ』
苦々し気に言う火竜の言葉に、なぜかラフィオンが少々むっとした様子を見せた。
どうしてかしら? 幼そうと言われたことが嫌だったの?
大分背も伸びて大人っぽくなったけれど、確かにまだまだ身長も伸びそうだものね、ラフィオンは。
『では、契約を頼みたい』
ラフィオンは堂々と火竜に要求する。
『名は預けられぬぞ、人間よ。代わりに契印を与える』
そう告げた火竜は、自分の肩あたりの鱗を一つ剥いで、ラフィオンの前に落とした。
『それを、契印がついても良い場所に当てるといい。そうすれば皮膚にわしとの契約の印が刻まれる。わしは契約の繋がりに引かれ、それを目印にお前の元に舞い降りるだろう』
一抱えはある竜の鱗の前に膝をついたラフィオンは、指先を当てる。
すると竜の鱗が赤い蛍火のように輝いて形をほどき、すうっとラフィオンの右の人差し指に集まって消えた。
それを見た火竜は『契約はなされた』と告げる。
『ではな、用は済んだようだからわしはもう行く』
『えええ、せっかくマーヤに会ったのにー』
子竜のアスタールがとても不満そうな声を上げた。
『あきらめろ。また機会があるだろう』
『ケティルにも久しぶりに会ったのにー』
アスタールがふえふえと泣き始める。
子竜に駄々をこねられて困ってしまった火竜の方も、理由なしにすぐに帰ると言ったわけではないようだ。
『ここはまだ人が多く行き来しやすい場所だ。矢に射られたらすぐに死んでしまいかねないお前を、こんな危険な場所に置いて行けない』
確かに子供が危険な場所だと思ったら、親としては反対するだろう。
納得できるからこそ、私も何も言えなかった。だけど、契約したことで火竜の普段の会話も聞こえるようになったラフィオンは、それならと別な案を提示した。
「お前はこの峡谷を離れることはできるんだよな? 召喚時には子竜は連れて行くのか?」
『時間があれば他の竜に一時託すのだが、連れて行くしかないだろう。……基本的には、召喚のためなどで竜の縄張りに挑んでくる者は、子育てをしていない竜が対応するのだ。しかし今回はやたら卵が生まれてな』
人手が足りなくて、お父さんになれる竜はみんな子育てをしているのだとか。増えるのはいいことだけど、それじゃ召喚されるのも不安でしょうね……。
『くそ……。相手が人間の子供だと思って、遊ぶのではなかった……』
つい闘争本能につられて、ラフィオンの挑戦を受けてしまったみたい。火竜って、本当に争うことが好きなのね。
『後から呼び出したのでは、もしかすると他の魔獣と一戦を交えろと言うことになるかもしれない』
『なんだ戦いか? そこらの魔獣などひと吹きで……』
『しかし今はまだ、子連れで戦いたくはないんだろう?』
『うぐ……その通りだ。子供に傷をつくるわけには……』
本当にこの火竜は、戦いと聞くだけで理性が飛んでしまうらしい。アスタール、一緒にいて大丈夫かしら?
そんな火竜に、ラフィオンは微笑んで言った。
『だから提案だ。俺を王都まで運んでくれ。お前なら一飛びだろう? その間、子竜はうちのマーヤ達と存分に話せばいい』
さすがラフィオン。火竜と契約するのは、王宮での新しい地位のため。どうせお披露目しなくてはならないのだから、大勢の人の目に留まるように、火竜に乗って帰ろうというのね?
しかもアスタールの願いも叶うし、今のうちなら、ラフィオンに誰かが嫉妬して、お披露目の時に何かを企むということもない。
ラフィオンの提案に、火竜もうなずいた。
『よかろう』
そして私とラフィオンは、火竜の背中に乗った。
大はしゃぎのアスタールと私、ケティルは精霊だからなのか、特に問題もなく火竜の背でおしゃべりできたのだけど、ラフィオンはそうはいかなかった。
すごい風圧の中、鱗に体を縛りつけて耐えるしかないラフィオンは、珍しく苦痛の表情を浮かべていた。
『そういえば人間にはむつかしいよねー』
と言って、ケティルが彼を火竜から離れないよう、何かの魔法をかけてくれた後は、ほっとしていたようだ。
そうこうしているうちに、私達はアルテ王国の王都上空までやってきた。
眼下の王都の様子は、最初は遠すぎてよくわからなかった。
けれどラフィオンに指示されて、サリエル王子の宮の庭に降り立つ途中、歓声とも悲鳴とも言えないものが聞こえてきた。
庭に降り立つと、サリエル王子が飛び出してきた。
「ラフィー! 本当に君やったんだね!」
「頂いた命令は、遂行しました」
喜色満面のサリエル王子に対して、ラフィオンは淡々と告げて火竜から降りた。
その時点ではもうケティルは姿を消し、アスタールも炎のたてがみの中に隠れてしまっている。
そしてラフィオンが地上に降り立つと、火竜は飛び立った。
一度王宮の空を旋回した後、故郷の峡谷へと戻って行く。
その様子を見送っていると、ラフィオンが心の中でささやいた。
『ありがとうマーヤ。君のおかげだ』
ラフィオンはそう言ってくれたけれど……。私、今回はあまり役に立てなかったような気がするのよね。
やっぱりもう一度、修行するべきなのかな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます