第36話 追っ手?

 そうしてエリューを質問攻めにしていた翌日。ラフィオンから呼び出しがあった。

 ゴーレムとしての呼び方ではなくて、名前を呼んだみたい。

 まずは話を……と思ったのかしら?


 精霊の卵達とお話するのも可愛くて楽しいのだけれど、やっぱり人だった記憶が強いせいか、私は人らしい会話もしたくなってしまう。

  だからラフィオンが話してくれるのが嬉しいし、ラフィオンと一緒にいると他の人の会話も聞けるので、それも楽しいのよね。


 私はわくわくしながらラフィオンの声に応えた。

 一度暗転した視界に、再び周囲の光景が見えるようになる……けれど、辺りは暗い。夜だ。


 けれど外みたい。舗装されていない広い道の両脇は、林になっている場所と、畑が交互に続いている。

 空には月があるから、それなりに視界はあった。


『ラフィオン』


『マーヤ。少し手伝って欲しいことがあるんだ。素早く遠くまで偵察できるような、そんな精霊の知り合いはいないか?』


『今思い出してみるね。……どうしたの?』


『追われてる』


 ラフィオンは一人、馬で道を進んでいた。

 駆け足だけれど、球体の私はラフィオンに紐づけされている状態なのか、置いて行かれることなく浮いていられる。でも心配なので、ラフィオンの肩のあたりにぴったりとくっついた。


 ラフィオンはいつもとはちょっと違う格好をしている。

 旅をする人のような……。王宮に住んでいる貴族とは思えない、平民のような格好だ。目の粗いシャツに、着古した感がある上着。黒っぽいマント。


 火竜のいる場所へ行くのに、王子の政敵に気づかれないようにと言っていたから、身をやつして旅を始めたんだと思う。


 でもラフィオン一人だけで? 危険すぎではないかしら?

 とにかく、追いかけられているというラフィオンを助けなければ。


『夜目が効く精霊……。月光の精霊は目立っちゃう。偵察をするのなら鳥だけど、夜目が利かなさそうだわ』


 そこでふと思い出したのは、いつも日影で輪になってゆらゆらと揺れて踊っていた精霊達だ。

 影みたいで、あまり日の当たる場所には行かなかった。

 それでも夕方ごろには私とも遊んでくれて、精霊達が名前をねだった時に、一人が代表して来たのよね。


『影みたいな精霊がいるの。夜は暗闇に溶け込んでしまえて心地良いって言っていたわ。

 ケティルみたいな冥界に属する精霊か、闇の精霊なのだけど……。確か月影の精霊』


「わかった」


 ラフィオンは一度馬を走らせてから、立ち止まった。

 そうして地面に降りて、召喚を始める。

 ラフィオンは呪文のようなものを唱えながら、指輪を一つ地面に投げた。


「……来い。月影の精霊」


 私はそこに、自分の声を重ねた。


『カイヴ、お願い応えて。マーヤよ!』


 果たしてそれに応えてくれたのかどうか。

 指輪が落ちた場所から、つむじ風が生まれる。それが灰色の竜巻のように急成長してぱっと消えたかと思うと、ラフィオンの目の前に、ゆらっと揺れる黒く濃い影があった。

 ……五つも。


『……マーヤ。今名乗ったのは、本当にマーヤなのか?』


 今までの精霊にはいなかった、しわがれたちょっとおどろおどろしい声。

 前に聞いた声は、もっと子供っぽい声だったから、ちょっと驚く。でも名前を知っているなら、間違いないはずよ。


『私はここにいるわ。あなたはカイヴなのでしょう?』


 ふよふよとラフィオンの襟元から出て、漂ってカイヴに近づいてみた。

 お、意外と私勝手に動けるのね、この状態でも。


『おお、間違いなくマーヤだ。私はカイヴで間違いないよ』


『久しぶり! ところで急いで頼みがあるのだけど、私の召喚主の話を聞いてくれる?』


『よかろう。召喚の呼びかけに、マーヤの声が混ざったから応じたのだ。マーヤの頼みは聞くつもりだよ』


 そう言って、カイヴはラフィオンに問いかけた。


『さて何をして欲しい、召喚主よ。我らはあまり長く呼び出さぬ方がいいが』


『ならば、俺を追ってきているはずの馬に乗った男が数人、この道の先から来るはずだ。

 そいつらを偵察。もしくは倒して欲しい。月影の精霊』


 ラフィオンが要求を口にすると、顔がないはずの影が、にいっと笑った気がした。


『よかろう召喚主。みだりに我が名を呼ばぬところは気に入った。マーヤのためにも邪魔者は排除してくれよう』


 カイヴはラフィオンと私に、林の中に隠れるように指示した。

 その前に一匹だけカイヴの仲間が立つことで、相手には気づかれないようにしてくれるという。


 間もなく、馬の蹄が土を蹴る音が聞こえて来た。

 やってきたのは、鎧を着た五人の兵士だ。


『こんなに追いかけてきていたの?』


『前はこの三倍いた。王都に俺が戻らなかったから、訝しんで追っ手をしむけたのか。それとも俺が一人でいるのなら、殺しやすいと兄のレイセルドが思ったのか……。

 とにかく準備を整えて出発してからしばらくして……俺達は追いかけられていることに気づいたんだ』


 三倍って、一対十五? ラフィオンはとても危ない状況だったのね。


『数人は、王子が一緒に行くよう指示した騎士が請け負ってくれたんだが……。そのせいではぐれることになってしまった。

 一人は身軽だったんで、残り数人は倒せたんだけどな、一人だからこそ対処しきれないことも多くなって、再度見つけられたことに気づくのが遅れた』


 心の中でそうラフィオンが応えて、ため息をつく。

 そんな私達の目の前で、カイヴは仕事を始めた。


 ほんの一瞬だったと思う。

 カイヴ達が兵士達とすれ違うと、馬の胴が大きくえぐられて倒れ、兵士達は道に投げ出される。


「何だ、何が……!?」


 状況を把握しようとした兵士達は、再びよぎった複数の影によって、首を切り裂かれて口をつぐんだ。


『さすがだな……一瞬だ』


『すごいけど怖い……』


 私はカイヴ達がこういう戦い方をするとは知らなかったので、思わず身震いしてしまった。

 そんな私達に、仕事をやりきったカイヴが近づいて言った。


『……そこの召喚主、マーヤが居る時は呼ぶのを許そう。だが、私はおそらく日の光の下では役に立てないだろう。それだけは覚えておくように』


 カイヴは他の四体の影と、闇の中に姿を消したのだった。

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