第37話 ラフィオンとの旅の一時

 ラフィオンはすぐさま、先を急いで馬を走らせ始めた。

 私はラフィオンにくっついて、話し続けている。


『そういえば火竜の居場所は、近いの?』


『もう数日もすると、ある峡谷に入れる。その先の山に火竜が何匹か住んでいるはずなんだ』


『なるほど……何匹もいるのね』


 ということは、竜は親子で住んでいるのかしら? 


『その山は、けっこう広いの?』


『峡谷がかなり範囲が広いからな……竜が何匹か常に住んでいられるみたいだ。

 あいつらも食料の問題があるのか、あまり固まって生活しないからな』


 そうすると、親子の竜がいない可能性もあるのね。

 それにしても、竜って普通のお食事をするのかしら?


『竜って他の動物とかを食べるのかしら? 精霊半分と魔獣の肉体が半分の存在だって教えられたのよ』


『半分精霊なのか?』


『ええ、私が今いる精霊の庭にも、竜の卵がいっぱいいるの』


 私は今まで詳しく話せなかった分の、精霊の庭のことを語った。

 竜の卵達の様子とか。

 私が初めて精霊の庭にたどり着いた時のこととか。


 ラフィオンに望まれて、私が死ぬ直前に参加した舞踏会のことも、王子とのひどいダンスのことも詳しく話した。


『マーヤは……その王子のことは好きじゃなかったのか?』


『いいえ? 婚約者を選ぶ場所には父の意向で参加しなくてはならなかったけれど、私は王子と結婚したいなんて一つも思ってはいなかったわ。

 だから友達だと思っていた令嬢に譲って、退きたかったのだけど……』


 ミルフェは全く信じてくれなかった。そうよね、友達だと思って仲良くしていた間でさえ、私の悪い噂をばら撒いていたらしいから。私の言葉など、最初から何一つ彼女には届いていなかったのよ。


 そのことを考えると、少し落ち込む。

 私、人を見る目がないのね……。

 すると、ラフィオンが尋ねて来た。


『本当は、どういう人と……結婚したかったんだ?』


『精霊になる前だったら、とにかく侯爵家を継げる身分があって優しい人かしら。妹にも優しくしてくれる人だといいと思っていたわ』


『今の……マーヤは?』


 ラフィオンが、緊張したように唾を飲み込んだ。

 えっと……。

 私は続けて自分の結婚について尋ねられて、ドキッとする。しかも聞く時に緊張されると……私まで変な風に意識しそう。


 だけど異性に理想の男性像について聞くなんて、緊張するものよね。

 そ、そうだわ。私の場合は婚約がらみで殺されてしまったわけだから、聞かないでと怒られると思ってしまったのかもしれない。


『あの、今は……。ルーリスの王子とは関わりが無い、穏やかで、領地に引っ込んで暮らそうと言っても嫌がらない人であれば……』


『そうか……』


 ラフィオンは相づちを打ったきり、黙り込んでしまう。

 え、ラフィオンさん、何か言ってくださいな?

 それとも変に緊張した私がいけなかったかしら? でも、ラフィオンだってそろそろ結婚相手を考えなくちゃいけない頃だし。

 そうだ。


『ラフィオン、火竜を召喚できるようになったら爵位をもらって独立するんだものね。

 そうしたら他の貴族から婚約の申し込みをされるかもしれないって、言われた? だから気になるのよね?』


 私、よくぞそこに思い至った。

  ミルフェにころっと騙された身だけれど、全く何も察しない女ではないはずなの……たぶん。ちょっと自信ないけれど。

 だからラフィオンがそこで悩んでいるのだと思って言ってみたら、ラフィオンはなぜかくすくす笑った。


『マーヤってけっこう無邪気だよね?』


『無邪気!? 鈍いとは言われたことがあるけれど、あまり無邪気と言われたことはないと思うわ』


 というか、現状はまだ年下のラフィオンに、無邪気だと言われる私って……。

 でもラフィオンは、楽し気にくすくすと笑うばかりで、それ以上は何も言ってくれない。


 やがてラフィオンは、小さな村に到着した。

 そこで金銭と引き換えに、馬を厩舎の中に入れさせてもらい、ラフィオンはその外で休むことにしたようだ。


 いくら厩舎の横に積んであった藁を寝台代わりにするとはいえ、外で寝るなんて、ラフィオンたらかなり野性的。

 まだ寒くて震える時期ではないけれど、大丈夫かしら。


 森の中で倒れていた小さなラフィオンの姿を思い出した私は、気をもんでしまう。

 けれどラフィオンは気にしていないようだ。寝転がってから私を掌の上に乗せて言う。


『そろそろ、マーヤを戻してやらないとな。あまり居続けない方がいいと思うんだ』


『あ、そのあたりはよく調べてなかったわ。エリューに聞いてみる』


 もしずっと居られるのなら、そうしたいもの。

 私だって見張りの手伝いくらいはできるものね。

 ラフィオンも疲れていたようだ。目を閉じると、ほっとしたように深く息をつく。その時にぽろりと、ラフィオンが言葉をこぼした。


『ずっと、瓶の中にでも閉じ込めておけたらいいのにな……』


 言ってから、はっとしたようにラフィオンは訂正する。


『あ、いや、悪い。閉じ込められるのは、嫌だよな』


『あの、えっと……』


 私はどう言ったらいいのかわからなくなって、関係のない方向をあちこち見ながら考える。


 だって閉じ込めておきたいって!

 ラフィオンが、そんな風に言うなんて思わなかったというか。もうすぐラフィオンも大人になってしまう年なのに。


 前だったら、懐いてくれた可愛いって思ったはずなのに。

  今はなんだかちょっと、違う受け取り方をしてしまいそう。


 いえいえ。ラフィオンは実際には私より年上の人だけれど、精霊としての私は16年生きたい記憶もある、ラフィオンよりもお姉さんなんですもの。

 ここは余裕のある態度で、こう、乗り切りたい。けど。


『じゃあお帰り、マーヤ』


 ラフィオンに帰還させられてしまったので、お姉さんらしい態度もなにもあったものではなかった。

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