第38話 規定外なので、予想がつかないようです

 精霊の庭は、今日も柔らかな陽の光が降り注いで、穏やかだ。

 精霊の卵達もふわふわと漂っていて幻想的で……先ほどまでの光景との差異に、なんだか少しめまいがするわ。


 直前までいたのは、月明かりも届かない暗がりだったんだもの。

 ラフィオンのじっと見つめる、碧の綺麗な瞳を思い出す。

 それと、瓶の中に閉じ込めてしまいたい……なんて言葉とか。


「うわわわわわ」


 頬に手を当てて、ぶんぶんと頭を横に振る。

 今まで、そんな風に言われたことがないのよ私。

 社交界に出た頃にはもう、コンラート王子の婚約者選びが始まっていたから、父が他の男性は排除していってしまったし。


「そもそも……冷たく見えるって言われていたから。近づく方なんていなかったかもしれないけれど」


 ミルフェ嬢が私にいじめられていると噂を流したと聞いた瞬間、頭をよぎったのはそのことだった。

 私、冷たそうだと言われることが多かったのよね。だからミルフェ嬢が噂をばら撒いても、信じられてしまったのだと思うの。


 ……ああ、死亡原因のことを思い出すと冷静になるわよね。

 そうよ、浮かれている場合ではないわ。


「今すぐ戻れたらいいのに」


 一人きりで戦いながら逃げて、外で眠らなくちゃならないラフィオンのことが心配だ。

 緑あふれる美しい精霊の庭にいると、ラフィオンを一人にしたくない気持ちがどんどん強くなった。


 でも精霊の庭に戻されてしまってはどうしようもない。大丈夫だと言って、私を帰した判断をしたラフィオンを信じるしかないのよ。


「ラフィオンは、強くなったから……大丈夫」


 私はつぶやいて、自分にそう信じさせようとした。

 出会った頃は、ゴーレムをようやく呼べるくらいでしかなかったのに、今のラフィオンは私が精霊の種類を教えただけで、するっと召喚しようとできるくらいになっているもの。


 それに月影の精霊カイヴは名前を呼ばなかったラフィオンに、私がいるなら召喚に応じると約束したけれど……。そもそも私の声が届いたということは、ラフィオンには自分でもカイヴを呼び出せる力があったはず。

 私の声なんて、カイヴが応じるかどうか決める時に、気が向くお手伝いをしただけの効果しかなかったはず。


 それにラフィオンは、カイヴの名前を自分からは呼ばなかった。

 彼が慎重で、窮地の状態でも冷静だということだと思う。


 名前を呼ぶだけで契約状態になってしまった私の例を知っているラフィオンは、私が名前を知っていることで呼び出せた精霊を、怒らせないようにしたんじゃないのかしら。


 実際、カイヴは名前をラフィオンが口にしていたら、すぐさま帰ってしまったかもしれない。

 でなければ、最後に自分を呼んでもいいと許可は出さなかっただろうから。

 それでも早く戻りたいと願ってしまう私に、エリューが語りかけて来た。


『今回は長くあちらにいたようだね、マーヤ。離れたくない理由でもあったのかい?』


「エリュー……。そう、できればまだ帰りたくなかったのだけど、召喚主が長くいさせ続けるのは危険ではないかと判断して、戻されてしまったのよ」


『それで、さきほどからずっとそわそわとしていたのかい』


 エリューはくすくすと笑うように、木の葉をざわめかせた。


『何日いるとどれだけの影響があるのかということは、誰も試したことがなかったからねぇ……』


「みんな、すぐ戻って来てしまうの? 召喚だからかしら?」


『そうだねぇ。用事が終わるとすぐ戻ってきたからね』


「何か影響があったかどうか、調べる方法ってある?」


 万が一のこともあるし、それで影響があるならやっぱりちょくちょく精霊の庭に戻るしかないわ。

 質問した私に対して、エリューは枝を揺らしながら考えていた。


『調べる方法ねぇ……。何かあったかね……。そもそも、お前のように精霊の卵のまま呼び出されるという状況が、珍しいからね。ただ気をつけることはあるよ』


「気をつけること?」


『そうだよ。精霊として呼ばれているわけだから、お前自身もある程度魔力を使っているはずなんだ。それが足りなくなってしまうと、卵の期間が伸びるだろう』


「なるほど」


 でも、卵の期間が伸びるだけならそう問題はないかしら?


『万が一だけどね、召喚主が帰しそびれて魔力が尽きたら、消滅するかここで長く眠ることになってしまうから。それは気をつけるんだよ』


「消滅するの!? それは怖いわ。気をつけるわねエリュー」


 消滅するにしろ長く眠ることになるにしろ、私の人生の軌道修正ができなくなるわ! やっぱり長く現世に居すぎてはいけないのね。数時間ぐらいは平気みたいだけれど。

 一晩くらいの時間なら大丈夫、とラフィオンに教えておきましょう。


 そんなことを考えていると『マーヤ』と呼ぶラフィオンの声が聞こえた。

 よかった。無事でいてくれたのねと思った私は呼びかけに応え、ふっと目の前の光景が暗転した。


 ほんの一時間ほどの時間しか経っていないように感じられたけれど、ラフィオンの方は既に夜が開けていた。

 青い空の下、ラフィオンは休憩していたのか、木陰に座っていた。

 相変わらず一人みたい。

 そして馬は預けたか処分したのか、見当たらない。


『ラフィオン、来たわ。あれから無事だったのね』


『大丈夫だった。あの後、朝のうちに出発して五日間、今日までは特に問題はなかった』


 ラフィオン自身も元気そうだ。

 森の中でうずくまっていた頃は、とても一人で旅などできそうに見えなかったのに、本当にたくましくなったわ……。


 それに……ラフィオンは普通のようね。特に意識している様子もないから、きっとあれは、寂しくて言ったことなのよ。そうに違いないわ。


『それでマーヤ、君の手を借りられるか知りたくて呼んだんだ』


『何? 私にできることならいいのだけど』


『ここはもう、竜がいる峡谷に入った場所なんだ。できれば最短の時間で王宮に戻るためにも、火竜のいる場所を君が探せたらと思ったんだ。鳥型の魔獣を使おうとしても、怖がって飛びたくないと言うのでね』


 なるほど。広い場所だと言うから、探し回ると時間がかかるわよね。

 うーん。できるのかしら?

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