第17話 ラフィオンの環境、激変

 精霊の庭にも、一日の変化というものはある。

 ただ、召喚先の時間とは何の関係もないのよね。先日も、私は三日ほどしか経っていないと思ったら、ラフィオンの方は一か月も経っていたりしたから。


 ともかくここにいても、毎日太陽は昇って沈み、月は満ち欠けをしながら夜空を移動していく。

 そして満月の日には、どこからともなく島の中心、エリューの側に新しい精霊の卵達が集まって来る。

 新しい精霊の卵というのは、満月の日に生まれるらしいのよね。


 思えば、私も満月の日に……崖から落ちたのだった。

 懐かしいな。

 目を閉じれば、ダンスの音楽が脳裏に蘇る。

 踊るのは嫌いじゃなかった。覚えてしまえば、体が勝手に動いてくれる。疲れるまで踊り続けると、気分がすっきりしたものだった。


「あ……ただし王子以外がいいわ」


 故国ルーリスの、黒髪の王子を思い出す。

 踊っている間も『私の足を踏んでもいいんだよ?』と頬を染めて言うような、とても怖い人だった。

 人が沢山いる中で王子の足を踏んだりしたら、他の貴族達から非難されて、しばらくは人の集まる場所になど行けなくなるわ。なのに、巧妙に足を私が踏むようにしむけることがあって、踊っていても楽しくなかったのを覚えているの。


 そういえばラフィオンを保護してくれたのも、王子だったわね。

 アルテ王国の王子も……なんだか変な人だったような……。

 それともあの方は意外とまともで、目の下の隈から察するに、寝不足か何かで少し気分がおかしかっただけなのかしら? そうだといいわ。魔法が解けてしまったら、私はラフィオンに直接何かをしてあげられないのだもの。


 月の光の下。

 暗い泉の側に、蛍のように乱舞する精霊の卵達の様子を見ながら、私は『アルテの王子が変態ではありませんように』と祈っていた。

 そんな私の側に、ふよふよと集まってくれる光の球がある。


『マーヤ遊ぼう』

『私達、ちょっと良い遊びができるようになったの』


 最近、鳥みたいな姿になった子達が、私をさそってくれる。


「なあに? どうやって遊ぶのか教えて?」

『私達が隠れるから、それを棒で当てたらマーヤの勝ちだよー』


 そう言って、精霊の卵達がふっと輝かなくなる。

 灯もランタンもないので、満月の光は降り注いでいるものの、精霊の庭の夜はとても暗い。光らないだけで精霊の卵達の姿は完全にわからなくなってしまった。

 私は最初、あてずっぽうに枝を振り回していた。

 けれど、だんだんと二人の動きがわかってきた。なんだか炎の温かさが頬に触れるような感じがして、振り返って枝を振ると二人が『はずれー』と言って光って、近い位置にいたことを教えてくれるのだ。

 当たるようになると面白くなって、つい夢中で遊んでしまった。


「やったわ! 二連続で当てたわ!」


 二人ともを枝の先で捕えた瞬間マーヤと呼ぶ声が聞こえた。

 ふっと視界が暗転する。


 ……これは召喚じゃないわね。感覚でそうわかった。たぶんラフィオンが私の名前を呼んでしまったのね。

 きっと日記を書く余裕ができて、今までの出来事か何かを思い出したんだと思う。

 まずはラフィオンの状況を確認するのもいいわ。落ち着いて話ができる状況かどうか、わかるものね。


 と思ったら。


『……ええと。模様替えをしたわけでは……ないのね』


 最初に見えたのは、ラフィオンがいる部屋の中だった。

 元のラフィオンの家も綺麗にはしていたけれど、ここは豪華さが違う。

 白を基調に、緑のラインとそれを囲むように施された金の装飾のある壁は、きらきらしい。視界に入った扉も、鼈甲で装飾された芸術品のようだった。


 誰の部屋かと尋ねるまでもない。

 美しい扉が開いたかと思うと、件の赤金の髪の王子と黒髪の帯剣した青年が入って来た。

 臙脂の布を張ったソファに王子が座る。目の下の隈は相変わらずだけれど、今日は衣服もだらしがなくはない。

 ほっとしていたのに、王子は上着をぽいっと脱いで襟元のスカーフを緩めてしまう。


「あーやだやだ堅苦しい格好。喉閉まる服って嫌いなんだよね」

「殿下……」

「いいじゃないかトール、自分の部屋でくらい。何も着ずに歩いているわけじゃないんだし」

 

 王子の背後に立っていた黒髪の青年トールが渋い顔をしたものの、それ以上は言わなかった。もしかして、この王子は……普段はもっとひどいの? だから今ぐらいならって目こぼしした?

 脱ぐ系の変態だったのかしら……と悩んでいたら、王子が向かいのソファに座って、縮こまっているラフィオンに言った。


「さてラフィー。お前を王宮で暮らせるようにしてきた。拾ってお友達になったんで、このまま僕のところで話し相手の従者になってもらうってことで、君の父親の頭は縦に振ってもらったよ」

「サリエル殿下、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして……」


 ラフィオンは緊張しながら、王子にお礼を言っている。

 この方、サリエルというお名前なのね。


「お前の父もすんなりうなずいてくれたからね、時間はかからなかったよ。男爵家では、兄弟で殺し合いするの? でも魔法を使える弟を殺したとなったら、陛下が出したばっかりの『魔法使いの保護命令』に反することになるよって言ったら、ぜひともって言ってくれたから」


 おお、もしかしてラフィオンは、家で安全を確保するどころか、安全な場所に住めることになったの?

 そういえばこの王子「うち来るー?」と言ってたわ。

 ラフィオンが王子を警戒しているようだったから、私も不安だったのだけど、良い人ね!


 そうしたら、ラフィオンと少し落ち着いて話ができる時間がつくれるかしら?

 私、手紙のこと頼んだりできちゃったりできるかも?


「だからさ、引き換えにお前のゴーレムを呼び出して欲しいんだけど」


 しかし交換条件らしきものが、なんだかおかしかった。

 私!?

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