第26話 ラフィオン~叙任と彼女に知らせたいこと
「うぅ……」
「なーにラフィー。悩み事かい?」
マーヤと会った時のことを思い出して、小さく唸ってしまうと、ぼやけていそうで鋭いサリエル王子がそんなことを言って来る。
今王子は、妹王女グレーティアが「うっかりなことをしたら許さないんだから!」と言いつつ、貸して行ったうさぎに囲まれてご満悦だ。
ソファーに座った自分の周囲をウサギで固めて、そこからぴょーんと逃げ出すと、黒服の侍従達が無言でウサギをつかまえて戻す。
……何をしているんだと思うが、サリエル王子は物に囲まれていると安心するらしい。
侍従が「おかわいそうな方なのです」と語ってくれたところによると、幼少時から度々命を狙われることがあった王子は、自分を庇ってくれるものが無いと落ち着かないのだとか。
悪い人ではないが……この王子にだけは、言いたくないとラフィオンは思った。
信頼していないわけじゃない。
ただ直方体をくっつけた無骨な形だとはいえ、マーヤを一定時間部屋の中に置きたいなどと言うのが気に食わないのだ。
ゴーレムの外見はラフィオンが作った土の体だけど、中には女の子の姿の精霊が入っているのだ。それを話したらどうなることか……恐ろしい。
しかも王子が、マーヤを去らせた後につぶやいた言葉も気に入らなかった。
「あのゴーレム、なんか教会っぽい香りがするんだよね。なんか眠くなってちょうどいい……」
マーヤを呼び出した日は、こんな言葉を耳にすると不機嫌になる。毎回のことながらラフィオンがいらだちを隠せずにいると、剣の師でもあるトールには苦笑いされた。
「本当に、手放せないぬいぐるみのような存在なんですね」と。
……中身が女の子の精霊だから、王子に近づけさせたくないんだとは言えない。ので否定もせず肯定もせずに、ラフィオンはうつむいて誤魔化していた。
そんなことを思い出しているラフィオンの前で、サリエル王子はまだウサギと遊んでいた。
「びろーん。あははのびるのび……ぐえっ」
と言いながら脇を持ち上げていたサリエル王子だったが、嫌がったウサギがサリエル王子の胸に強烈な蹴りを入れ、逃げてしまう。
ちょっとザマミロと思ったのは内緒だ。
そこに、時間が来たと知らせが来る。
ラフィオンはサリエル王子に続いて、彼の部屋を出た。
そうして王宮の広間での騎士の叙任式を経て、正式にサリエル王子の近衛騎士隊に所属できることになった。
ラフィオンが自分で知らせたわけではないが、父親が列席していた。
おそらく何も言わないわけにはいかないからと、サリエル王子が手配したのだろう。
「お前は我が家の誉れだ。精進しろ」
父親は嬉しそうな顔ではなかったものの、満足げに言って去って行った。おそらく自分の子供という作品が、自分の理想通りの場所に展示されそうなので、達成感に満たされているのだろう。
一方でラフィオンに近づいても来なかった兄レイセルドは、じっと睨みつけてきていた。
予想はしていたので、特に何か感じることはない。
ただ、どういう形であれ潰しにくるとは思うので、注意をするべきだと思ったのみだった。
その数日後、ラフィオンは初めて近衛騎士の一員として、討伐に同行した。
今回は久しぶりにマーヤを呼び出そうと思う。
騎士になった自分を見せたいと思う相手は、マーヤしか思いつかなかった。
だから彼女を喜ばせたくて、ラフィオンは途中で立ち寄った町で、宿の主人に言づけて手紙を送る手配をした。
もちろん、周囲には気づかれないように。
その後ようやくマーヤを呼び出したのは、討伐の最中だった。
「あっはっは。やだなー囲まれちゃって。嬉しいかも」
「おい殿下が!」
サリエル王子が、なぜか火吹きトカゲの群れに囲まれに行った。
ラフィオンが呼び出したゴーレム(マーヤ)は、命じられたふりをしながら突入し、サリエル王子を小脇に抱えて戻って来る。
ゴーレムそのものを人の二倍の大きさにしたおかげか、サリエル王子がとても小さく見えるので、前ほどは一緒にいても嫌な感じはしない。サリエル王子は捕まっていることが楽しくて仕方ないのか、手足をばたつかせて遊んでいたけれど。
「そのまま王子を捕まえておいてくれ」
マーヤはうなずいて、王子を荷物のように抱えたままその場に立っていてくれる。
……その方が、彼女にも被害は行かないだろう。
その間にラフィオンは、もう一体を召喚する。
『呼んだー? ラフィオン』
それは以前、マーヤが友達だと言っていた冥界の使者だ。
試してみたら呼べた。というかこの犬に『マーヤが大事にしてた人間だ。仕方ないなぁ、それじゃ見捨てるわけにいかないよね。いいよ呼ばれてあげる』と言われたのだが。
冥界の使者は、少し離れた場所にいたラフィオンを取り囲む、火吹きトカゲを足止めし、黒い冥界の煙の中に吸い込んで食べてからふっと消えた。
その時には他の騎士達もあらかたの魔獣を倒し終えて、一息ついたところだった。
ラフィオンはなんでもないようなふりをしながら、王子をその辺に着地させ、マーヤを自分の元に来るよう指示した。
むしろ自分の周囲に誰もいないように仕向けるため、冥界の使者を使ったのだ。
そうして側に二人しかいない状態で、ラフィオンはマーヤに膝をつかせた上で、小声で伝えた。
「手紙、送ったぞ」
ゴーレムだから表情はわからない。
けれどなんとなく、彼女からぶわっと喜びの感情が押し寄せてきた。
嬉しいと思ってくれたみたいだ。その通り、マーヤも周囲に不審がられないように、地面に『ありがとう』と書き、すぐに消した。
そうして無事に彼女の願いを叶えたわけだが。
「……声、聞けるようになりたい、かも」
そんなことを考えたのだった。
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