第25話 ラフィオン~マーヤと会った日
その時、ラフィオンは宴に引っ張り出されていた。
主に、騎士隊長のトールに説得されたからだ。騎士叙任前の内輪の祝宴で、王子派の人間しかいない。しかも他にも近衛騎士に入る者が参加するから、交流しておくべきだと言われて、渋々だったが。
着慣れない衣装は、少し堅苦しい。でもそれだけなら耐えられる。男爵家にいた頃の生活と比べたら楽だ。
居慣れない場所の方が、気を重くさせた。
華やかな場所からは、男爵家にいた時には遠ざけられていた。騎士としての訓練で、集団行動には慣れてきたけれど、談笑する場というのはどうしていいのかわからない。
そうしてなんとなく交流などできずに、端へ端へと移動しながら踊っている人の輪を見ていると、サリエル王子に見つかった。
「踊ったらいいのにー。ほら、騎士になれる力量があるなら、婿に欲しいって顔した貴族や嫁になりたいって思ってる女の子達が、ラフィーのこと見てるだろう?」
確かに、ちらちらと視線は感じる。
アルテ王国の騎士は、魔法使いであることが求められる。剣の腕よりも使える魔法が強力であれば、騎士にはなれるのだ。だからこそ、貴族達は騎士を値踏みするのはわかっていた。
そもそも騎士叙任を13歳になるまで待ったのは、幼すぎると集団行動についていけないので13歳以上に限る、という叙任の年齢制限があるからだ。
理由はわかっているが、王子がそう言うとはおもわなかったラフィオンは、つい疑問を口にしてしまう。
「随分……生々しい表現をなさるんですね」
いつもふわふわした言い方をするサリエル王子なら、恋や愛だという感情に訴えかける表現をするものではないかと思ったからだ。
「それも悪くない。だけど、その生々しいところは生きて行く上で無視できない。それを分かった上で、一緒に生きていけそうだと思ったり、好きだと思える相手かどうか考えられるのが一番じゃないのかい? 君も家を離れて生きて行くなら、援助してくれそうな相手を見極めるのもいいと思うよ」
厭世的なのか、積極的なのかよくわからないことを言って、サリエル王子は離れて行った。
確かに、後ろ盾は欲しい。
騎士になってしまったら、兄レイセルドがラフィオンを殺しにかかるかもしれないからだ。ラフィオンが強くなりすぎてしまえば、奴隷の子に家督を奪われるかもしれないから。
でもどの女性も同じように見える。ドレスの色も似ていてよくわからない。
それに結婚なんていうものを考えるのは、なんだか嫌だった。
酷い状況の母のことを見て来たせいかもしれない。
そもそも、こういった場で会って話したぐらいでは、すぐには一緒に生きていけそうだとはわからないのではないだろうか。
誰もが上辺を取り繕う。本心から、決してラフィオンを裏切らずにいてくれる相手なのかを知るのは、とても難しい。
それに最初は優しく対応していても、ラフィオンが実家の役に立たなくなれば、見切る人もいるだろう。
そんなことをしない女性は、この場にいない。
マーヤのように、何があっても絶対にラフィオンを守ることを優先してくれる人など……。
「これじゃ母親代わりみたいじゃないか」
つぶやいてラフィオンは苦笑いする。
まだ少し甘えと、彼女の方が強いという意識があるのだと思う。
誰も味方が居ない男爵家の館。姉ティファナでさえ、父に命じられたらラフィオンが飢えて死ぬのを見ているしかなくなっただろう。彼女は誇り高いせいで、いじめをするのが嫌だったから、ラフィオンにも平等に接しようとしてくれただけだ。
それでも十分に助かったのだけど。
唯一、ラフィオンの命を優先してくれた母も亡くした。
そんな中、命を繋いでくれたのはマーヤだったから。
もし彼女のような人がいれば、少しはラフィオンも心が動くのだろうか。
「マーヤ……」
端にいて、左右に人はいない。だから聞こえなかったと思うが、不注意に精霊の名を口にしてしまったと、ラフィオンが焦った時だった。
ふと、何かが現れた気がした。
この感覚は何だろうと、ベランダ窓の外を振り返ったラフィオンは、息を飲む。
驚いたなんてものではなかった。
一度は見ていたし、とても驚いて視線が逸らせなくて、だから今でも覚えている。
柔らかそうな髪は、広間からの光に照らされてその色がわかる。想像した通りに淡い色だった。
そして思った以上に、細い肩。自分が追い越してしまったらしい背丈。
振り返った彼女の瞳は、綺麗な紫色だった。
その瞳がすがめられて、可憐な顔で微笑むのを見て、ラフィオンは急いで彼女の前に駆け付けた。
ほんの少し酔った状態で話す彼女は、間違いなくマーヤだった。自分と彼女しか知らないことを次々口にしていく彼女に圧倒されながら、柔らかい声に頭の中が浸されていく気がした。
小さな肩は、体温が低そうだったけどほんのりと温かくて。
こんな女の子が、ゴーレムの中にいたのかと思うと。ますます戦いに呼び出すのが嫌になったとは……彼女には言えない。
実は何度も、見習いとしてサリエル王子の魔獣討伐について行っている。そうしないと、大きな魔獣を呼ぶ練習もできないからだ。
でも意図的にマーヤは呼ばなかった。
もう小さな子供じゃない。彼女に頼らなくてもよくなったから。だけど……会いたかった。
そんな彼女の側の事情を、ラフィオンは初めて知った。
精霊として生まれる前の状態だということも。元は人間だったことも。まだラフィオンが生きているこの年には、彼女が異国で生きているということも。
「お願い、なんでもするから、どうか未来の私を助けて」
必死でお願いしてくるマーヤに、ラフィオンは慌てた。しかもなんでもするって……!
女性がそんなことを言ったら、大変なんことになるのはラフィオンでも知っている。ラフィオンでさえ動揺したのにと、慌てて止めたら、マーヤはお礼が何もできないからと言うのだ。
……ああ、君は本当に、自分が特別なことをしたなんて思っていなかったんだ。
そう思って、ラフィオンは思わず笑いそうになる。
ラフィオンの人生を変えて、命まで救ったのに。この人は、召喚されたら助けるのは当たり前だと思っているのだろう。命令が無ければ、動かずに黙ってラフィオンを眺めているのが普通の魔獣なのに。
「大丈夫。沢山もらっている」
「本当? 後で足りないなんて言わない?」
だから彼女を納得させるために言ったつもりだった。
なにせダンスの相手だって、彼女のおかげで問題はなくなった。あの王子だって納得した顔をしていた。今日のところはうるさくいわれることもないし、交際について周囲に諦めさせることだってできただろう。
「そうしたら、思いついた時に一つだけ、願いごとを叶えてくれるか?」
彼女を納得させるためにそう言ったラフィオンだったけど。後になってから、すごい願い事をしたんじゃないかという気になって……は思い出す度に、なんだか頭をかきむしりたくなるのだった。
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