第2話 流れ着いた先は
――ということを思い出しながら、私はぼんやりと空を見上げていた。
私は、どことも知れない海岸に打ち上げられていた。
白っぽい太陽の光は暖かくて、まだ春先だと思っていたのに、初夏みたい。
寄せて返す波が、私の体を濡らしていくけれど温かくて心地いい。
崖から落ちたはずなのに、体は全く痛くもないし。怪我もしている様子はない。
このままずっと眠っていたいわね……。
もう、やりたくもない王子妃候補争いからは遠ざかったのだ。何もしたくない。
でもつらつらとこの白い海岸に流れ着くまでのことを思い出し終わったので、一応ここがどこかを確かめなければ、と思い立った。
起き上って見ると、真っ白い砂浜と打ち寄せる澄んだ海の色が美しい海岸だった。
船の姿もない。
海岸を少し歩いてみたけれど、海の中にこの大きな島がぽつんとあるだけのようね。崖から落ちたあげく、流されてきたのかしら。
周囲を見て回った私だったが、海岸を疲れるほど歩いても誰にも出会わなかった。一人きりになったと感じて、とても怖くなる。
「え、やだ。私ったら孤島に一人きり?」
助かっても、誰もいない場所で生きていける気がしない。真っ青になって人を探そうとした時、ふと、話し声が聞こえた気がした。
「人がいる!」
私は木の根がせり出す地面を、なんとか乗り越え、坂道を登り、声が聞こえた方向へ行った。だけど。
「何なの……これ」
島を覆う森の中、開けた場所にたどり着いた私の目の前に広がっていたのは、不可思議な光景だった。
青空の下、美しい花々が咲き乱れる広い花園。
中心には大きな泉があって、巨木が泉の中からそびえている。
周囲には、ふわふわと白い光の球があちこちを浮遊していた。あげくに羽が生えたトカゲとか、羽が生えた小さな人の姿も沢山あった。
「えっと……これ……って精霊とか竜、よね?」
この世界には妖精がいる。魔獣もいる。竜だって存在するのは知っている。
けど、こんな風に無防備に漂ってる姿は見たことが無い。というか、普通に貴族令嬢として過ごしている分には、魔法使いが特別に召喚しないと見る機会がないものだから。
しばし感動したものの、私は変なことに気づく。
「ここにいるの、みんな小さすぎる?」
どの妖精も両手の中に収まりそうな小ささなのだ。
『そうだよ、生まれたばかりのお前』
突然声をかけられて、私は驚き飛び跳ねた。さっきまで人の姿は見えなかったのに!
「誰!? 人? 人がいるの!?」
びっくりしたけど、これで助かると思った! 人がいるのなら、船か、この島から元の場所へ戻る方法を知っているはずだと思ったけれど、見回しても誰もいない。
幻聴かと思ったら、もう一度話しかけられた。
『ここだよ、お前。泉の方を見てごらん』
言われるがまま視線を動かした私は、そこで固まった。
泉の中心にそびえたつ樹に顔が浮かび上がって、うろみたいな口が動いていたのだ。
どこか壮年にさしかかった、家に長年勤めている召使いに似ている。
『おいで、生まれたばかりのお前』
樹がしゃべると足が宙に浮いて、見えない手にずるずると引きずられて行く。
「ひょえええええ!?」
そうして泉の上まで移動させられた。
私はなぜか浮いたままで、泉の中に落ちたりはしなかった。でも、さっきの樹の模様みたいな顔が間近にある。怖くて落ち着かないったらない。
怯えている私に、樹が言った。
『ほほぅ、お前は人みたいな姿をしているんだね。珍しい』
「ひ、人です。崖から落ちて気が付いたらこの島にいただけで」
『人は、この島には入れないのだよ。だって……』
樹の顔が笑みを浮かべた。
『ここは精霊の魂が休む場所。この先何になるかはわからないが、お前は精霊の魂になる前の……卵なのだよ』
「……え?」
私は樹に言われたことを頭の中で反芻した。
お前は精霊の魂の卵、卵、卵、たまごぉぉぉぉ!?
「わ、私は人なのです!」
どういうことなの? 崖から落ちた時のまま葡萄酒色のドレスも着ている。足元を見れば、髪の色も目の色も顔立ちだって間違いなく人間のまま。
だから主張したのだけど、この樹は違うという。
『それは聞いたよ。だが崖から落ちたという。ならば落ちて死に、魂が生まれ直すためにここへ来たのだろう。死ぬ前の記憶が残っているのは珍しいが、なくもない。だからお前はもう、人ではないんだよ』
「人じゃ……ない?」
『そう。ここは魂が精霊や妖精に生まれ直す場所。精霊の庭と言うんだよ。この周辺に漂っている光の球も、全てお前と同じだよ。お前は前世の記憶があるから、そうして姿を保っているだけなのだろうね』
「え、じゃあ竜みたいなのとかは」
『あれは魂が育って、妖精や竜として生まれ変わる直前の状態になった者達だよ。竜などは精霊の一種だからね。信じられないかい? でもお前がそうして浮いていられるのも、精霊である証拠だよ』
樹の説明によると、この浮いている状態は樹がやっていることではなくて、私自身がそうしているらしい。……私は完全無欠に、死んでしまったようだ。
戻ることもできないとわかると、逃げ出したいと思っていたはずの家も、わけのわからない王子がいる国でさえ懐かしくなって、私はうなだれてしまったのだった。
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