第3話 私、精霊になったそうです
私は自分でも、あれこれ試してみた。
自分の意志があれば、泉の中に沈んでいける。だけど溺れないというか、呼吸が苦しくならない。
浮かびたいと思えば、浮かび上がれる。
そして泉に映る私の姿は、白い光の球だった……。
とりあえず泣いた。何日ぐらいかわからないけど泣き続けた。
助かったのなら家に戻って、自分を突き落としたミルフェ嬢達のしたことを暴かなくてはと思っていたけれど、それすらできなくなったのだ。
私の体、どうなったのかしら。海の中に沈んだ後で、周辺の魚や魔獣に食べられてしまった? そんなことを自分で想像して、また落ち込んだ。
そんな生きる希望を失った私(でも死亡済み)を、精霊として生まれ変わろうとしている卵たちが、時々慰めてくれる。
小さな竜やもふもふした子犬はよちよちと腕を登って来て可愛いし、妖精さんも、近くで輪になって踊ってくれたりした。
そして彼らは言う。
『生まれ変わるのは楽しいよ! 精霊なら人よりもっと自由に色々できるよ!』
『マーヤも竜になればいいよ、火でも雪でも好きなのを吹けるよ!』
それにしても竜って精霊なのね。一瞬で遠くから移動できると聞いていたし、一度ふっと姿を消すのを見たことはあったけれど、だからだったのねと、どうでもいいことを考えはするものの、心は晴れない。
そもそも私、望めば竜とかになれるの?
時々、庭の中心にそびえる巨木エリューが歌う。
精霊達はその声を聞くと、すやすやとまた眠って辺りをふわふわ漂い始める。
私が死んだことを教えてくれたあの樹は、エリューという名前らしい。みんなの乳母みたいな樹で、時間になると生まれ変われるよう成長を促すために歌う。
時々、私もその歌に誘われて眠っては、やっぱり人ではなくなったのかと落ち込む。
考えてみれば食事も一切とっていない。必要ないの。お腹が空かないし喉も乾かないから。
「人をやめることになるだなんて……」
もっと、やりたいことをやっておけばよかった、と今更ながらに思ってしまう。
昔は虫や蝶を追いかけるのが好きだった。でも蝶だけならまだしも、クワガタなどを飼おうとしはじめた時点で、令嬢らしくないからと全てやめさせられた。素直だった私は、大人がそう言うのならばと従ってしまったの。
それならと図鑑を見ていたけれど、目を悪くすると令嬢として価値が落ちるからと、それも取り上げられた。この時は嫌がったけれど、叩かれて仕方なく諦めたのだったわ。
剣を持ちたいと思ったけれど、腕力もないしやっぱり令嬢にふさわしくないと止められた。
「剣を持ってたら、死ななかったのではないかしら」
一生懸命訓練していたら、短剣を振りかざして向かってくるミルフェを倒し、見届けに来ていた騎士も、一人ぐらいなら倒せたかもしれない。
そもそも、特に好きでもない王子の獲得戦に参加することもなかったはず。
でも私はお父様の言うなりになるしかなかった。
刺繍と音楽、お淑やかな仕草と笑い方以外何もできないのだもの。身分やお金を持っている人と結ばれなければ、生きていけない。でも剣士になれば、結婚しなくても生きて行けたはず。
だんだん、悔しさが募って行く。
二日ほどじりじりと考えた末に、私は樹の枝を持って振り回すようになった。
面白がって狼や猫、虎や獅子、竜の精霊の卵達が的になってくれた。
どうも、こうして遊ぶ私のような存在が珍しいらしい。
むしろ構ってくれと、懐いてくれるほどだった。
こちらとしても、ぶつかっても彼らを包んでいる光の球がぽわんと弾いてしまうので、全く怪我をしないので気楽でいい。
やがて、上手く枝をぶつけられるようになって調子に乗っていた頃のこと。
遊んでくれていた精霊のうち、光の球みたいな精霊の卵が、時々ふっと消えることに気づいた。
「え、どこか行ってしまったの?」
まさか枝をぶつけたせいかと焦ったら、巨樹のエリューが教えてくれる。
『あの子達は、|現世(うつしよ)に召喚されているんだよ』
「うつしよ……?」
『お前が生きていた世界さ、マーヤ』
何度も私の名前はマーヤだと繰り返していたおかげか、最近はエリューも私をマーヤと呼んでくれている。
「うらやましい。私も早く元の世界に行きたいわ」
精霊でもいいから、元の世界へ行きたい。あの後どうなったのか知りたかった。
そう言ったら、エリューが言った。
『現世へ行くことは、今でもできなくはないよ』
「え!? 行かせて! 今すぐにでも!」
『ただここから現世に移動した場合、必ずしもお前が死んだ直後の時間に行けるとは限らない。基本的には10年後ずれるみたいだね。あとは生きていたのと同じ場所へ行けるとも限らないよ。良く知らない大陸に飛ばされる可能性だってある』
それでは、確かに死後のことなんてしることができなくなるだろう。
でも……それでも、現世の空気を吸いたかった。精霊の庭よりも、人間の世界にいた記憶が濃いからなのかしら。
『そうかい? すぐ戻ってくることになってもいいのなら、耳を澄ましてごらん?』
言われた通りにすると、いくつかの声が聞こえてくる。
何を言っているのかわからない。でも《おいで》という意味だということがわかる、不思議な声だった。
エリューの立つ泉の側にいると、その声はよく聞こえた。
「これは何かしら? エリュー」
『現世にいる魔法使いの呼び声さ。召喚だよ。魔獣や精霊を呼び出すには、呪文と魔力が必要だ。けれど魔力が足りないと、生まれたての精霊を呼び出すぐらいしかできないんだよ』
現世での姿を保てなくなって、すぐこちらに戻されてしまうらしい。その長さは相手の魔力次第らしい。
それでも現世を見たい。だけど心配が一つだけあった。
「エリュー、向こうで消滅したら、痛いのかしら?」
現世では死ぬということじゃないのだろうか。だからと思ったが、エリューは笑った。
『精霊の卵はまだ、あちらで具現できるほどの体を持っていないからね。夢みたいなものだよ。おそらく何かの物に込められる形になるだろうけど、その物が壊されても痛くはない』
「だったら行きたいわ!」
痛くないなら、ためらう必要なんてない。
私は早速、聞こえてきた中で可愛らしい声の呪文に、呼び出されることにした。
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