第4話 初召喚されたら……え?

 聞こえた声の方に行きたいと願った次の瞬間、ふっと意識が暗転した。

 あっと思った後には、目の前の景色ががらりと変わっていて、私はうろたえた。


 薄曇りの空、そよぐ風はまだ冷たそうだ。

 近くに見える木は、新緑の葉がようやく芽生えたばかりといった様子だ。

 そして目の前には、砂色の髪の男の子がいた。


「うわ、うわ、うわっ!」


 眼鏡をしている彼の、碧色の瞳がとても綺麗だった。年は10歳にもなっていないんじゃないかしら。身長も元の私の、お腹くらいまでしかなさそう。

 顔立ちもまだ女の子みたいですごくかわいい。ドレスを着せてみたいわ。


 そこで年が離れた妹にも、新しく仕立てたドレスを着せて遊んだりしたな……と思い出して、私は切ない気持ちになる。

 妹はどうしているだろう。私が居なくなったのだから、今度は小さな妹が、王族の誰かに嫁げと言い続けられることになっているんだろうか……。


 いやいや、今はそれどころじゃない。

 とにかく私を召喚したのは、この少年らしい。

 すごいな。こんなちっちゃいのに召喚術を使えるなんて、素質があるんじゃないかしら? 未来の大魔法使いに呼ばれたのかもと思ったのだが、どうやら様子がおかしい。

 ものすごく緊張した表情で、私に命じてきた。


「これ、中に入っているのは精霊って本当なのか? だとしたら俺の話し声は聞こえるのかな……あ、歩いてみろ」


 少年の言葉が命令だ、と私に伝わる。

 抵抗する必要もないので、私はちょこちょこと歩いてみせた。

 というか私、手足がある人形の中に入ったの? 膝をついている少年から見下ろされているということは、ものすごく小さいみたい。


 そこで足元を見てみたら……よちよち歩いている足が、なんと土でできていた。

 ちょっ、私今どうなってるのぉぉ!?


「ようやく、成功した。これで……」


 唇を噛みしめ、少年は唸るように言った。それから私が召喚されて入り込んだモノを両手で持ち上げた。

 少年の碧の瞳に、私の今の姿が映り込む。

 胴体は長方形。というか首が無い。頭部っぽい箇所に、目と口っぽい丸い空洞がある。腕は細い長方形の土の塊が二つ連結していて、足も同じ。

 子供の工作っぽいこの外観……私も見たことがあるわ。ゴーレムというものではないかしら?


 『私、ゴーレムになったんですの!?』

 軽く衝撃を受けた。

 召喚されたら、可愛い人形か何かの中に入るのかと思ったら、長方形の物体!

 ドレスを着せてもシュールにしかならない長方形の物体!

 しかも子供が両手で握れる小ささ!


 しかししかし。現世に行きたいと思ったのは私だ。

 がっかりしたけど、少年の様子を見ると、ものすごく嬉しそうだった。

 なんだかこの子、表情筋があまり動かないのかしら? 無表情ぽいのだけど、目がきらきらしているのがわかる。

 喜ばれているとわかったら、少しだけ、呼ばれて良かったという気持ちになった。


「このゴーレム、まだ崩れない……俺の魔力がそれなりにあるからなのか、小さいからか?」


 少年は、手で持ち上げてじっと見つめた私が、土塊になってしまわないことに安心しているみたい。


「とにかく今のうちに見せてしまおう。……まだ、崩れるなよ?」


 私が入っているゴーレムを持ったまま、少年はどこかへ歩き始める。

 遠くへ持って行くのかしら。それまで私の形が保てているかどうかは、彼の魔力量によるのではないかと思うので、お願いされても困るのだけど。


 やがて樹は多いのに、花壇も何もない簡素な庭から、周囲の風景が建物の中へと変わる。

 通った廊下、そして移動先だったらしい部屋の様子に私は目を瞬いた、ここは貴族の家ではないかしら?


 魔法使いの子供が、どうして貴族の家にいるのかしらと思う。

 私の国だと、魔術師は手厚く遇されていたし生活も保障されていたけれど、あくまで国に仕える人という立ち位置だったから。


 手の込んだ彫刻がされた扉ばかりの屋敷に住んだり、飴色のサイカ樹の高級調度など置けるわけもないし、少年が会いに来たらしい壮年の男性の衣服も、絹のシャツにフランネルの暖かそうな上着の細かな刺繍といい、貴族だとしか思えない。

 それともこの家では、魔法使いの素質のある子供を引き取っていたのだろうか。


 でも待って、と私は思う。

 この上着の形、どこかで見たような気がするの。立て襟っぽい感じの形といい、覚えがあるのだけど……。

 記憶を探ろうとしている間に、少年が口を開いた。


「父上、無事に魔術が発動しましたので、ご報告いたします」


 少年は私が入っているゴーレムを差し出す。

 おかげで私は、髪が半分白くなっている眉間の皺が深い壮年の男性と、接近させられた。

 昔は美男子だったのかもしれない壮年の男性は、すこぶる目つきが悪かった。睨まれているみたいに感じて、私はもう逃げ出したい。


 どうしよう、逃げられるのかな? 召喚されたら勝手に戻れない仕様? なんかそうみたい。逃げたくても、手足がちょこちょこと動くだけだった。

 どうにもできないとわかって諦めた私を見ていた壮年の男性が「ふん」と鼻で笑った。


「まぁいい。魔術が使えることは証明できたのだからな、認めよう。ラフィオンよ、このまま家に居ることを許可する。これからも精進するがいい」


 え……と思う。

 父上、と少年が呼んだ相手なのに、壮年の男性はおよそ親とは言えないような口調だった。

 うちの父でも、もうちょっと親らしい言い方をしていたわ? 私や妹のことを、陳列するために手をかけた商品みたいにしか見ていなかったけれど。


「ありがとうございます」


 少年……父親らしき人物が言っていたのが名前なら、このラフィオン少年の方も、父上と呼んだわりに他人行儀に礼を言い、お辞儀をして部屋を出た。

 ……この家の親子関係は、どうなっているんだろう。

 しかもさっきの言葉からすると、魔術が使えなかったら、ラフィオンは家に居られなくなるところだったの?


 私はふと、ラフィオンが最初に見せた表情を思い出す。

 泣き出しそうだった。目に涙が浮かんでいた。

 やはりそういうことなのだろうか。

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