第5話 名前をあなたに
ラフィオンは、私を握りしめたまま再び外へやってきた。
誰もいないことを確認してから、木にもたれかかって脱力したように座る。
「良かった……」
息をついたラフィオンは、じっと私が中に入っているゴーレムを見つめた後で、そっと地面に置く。
「もう一度、歩いてみてくれよ」
創造主の命令に、この体はひょこひょこ動き出す。というか、彼の言葉を聞くと従いたくなってしまうの。
不思議。そして歩いていると、だんだん自分の状況を受け入れようって気持ちになってきた。
それに精霊の庭も綺麗で素敵だったけれど、やっぱり現世は違う。ゴーレムだというのに、そこはかとなく風の匂いなんかも感じられるもの。
止まれと言われないので歩き続けていたら、ラフィオンがため息をついた。
「けっこう保つんだな。俺の魔力があるからなのか、だとしたら今まで召喚できなかったのはどうしてなんだ……。やっぱり、お前の力なのか精霊?」
ラフィオンが手を伸ばして、私をつんとつついた。
痛くはないけどバランスを崩して倒れそうよ?
「ゴーレムに召喚できるのなんて、名もなき精霊だっていうけど。てことは、お前もみそっかす精霊なのか?」
ラフィオンの言葉に、私はむ、とする。
私には名前があるんです。エリューや他の精霊達にも、私は名前で呼んでもらっているの。
だから私は命令の強制力を振り切って立ち止まり、その場に固い土の手でがりがりと地面に名前を書いた。
「マーヤ……?」
どうです! と刻んだ名前の横に腰に手を当ててラフィオンを見上げる。
びっくりしたように私を見下ろすラフィオンが、ややしばらくしてぷっと吹き出し、小さく笑った。
「そうか、名前があるんだ。悪かったな。でも魔獣や精霊ってのは名前を教えない方がいいらしいぞ。他の奴に頼まれても、もう答えるなよ?」
え! そうなの? 名前を教えない慣習とか何か理由があるのかな?
マズイことになるのは嫌だなと思いながら、私は慌てて消そうとする。しかしゴーレムのちっちゃな手では消すのに時間がかかる。
と思ったらラフィオンが私を持ち上げて、靴先でマーヤと刻んだ文字を削るように消してくれた。
あなたいい人ね。助かったわ。
「精霊の名前は、魂の名前。それを知られた相手に存在を縛られるんだ。召喚にも関わることだから、気をつけろよ」
しかも親切に理由を教えてくれる。
意味が分からない部分もあるが、とにかく大事らしい。詳細は後でエリューにでも聞いてみよう。
「名前は大事だぞ。俺もセネリス家名を失ったら……」
ラフィオンが私を手に持ったまま、再び座り直す。
「今日はお前を召喚出来て良かった。10歳になるまであと一か月しかないのに、召喚魔術がどうしても使えなかったんだ。うちは召喚魔術の家系だからな。このままだと俺は家を追い出されて、分家の養子にされるところだった」
召喚魔術の家系か……と私は考える。
ラフィオンが魔術師の一族の子なのは間違いないらしい。しかし分家の養子に出されるのって、そんなに怖いことなのかなと思ってしまった。
実は生前、分家に生まれていたら王子争奪戦に加わらなくても良かったのにとか、剣を振るぐらいは許してもらえただろうにとか、考たことがあったから。
しかしラフィオンの状況は、そんなものではなかったらしい。
「不名誉な子供の存在を遠ざけたいから、分家に送るんだ。その家の方針によっては、奴隷として別な国に売られることもある。そうしたらもう、セネリス家の人間とは決して名乗れないから」
売る、ですって!?
驚いてわたわたと手足を動かしたら、ラフィオンは目を瞬いた。
「お前は本当に俺の言うことがわかるんだな。やっぱり名前がある精霊は違うのか……」
そう言われるとなんだか照れる。頭をかいてみせると、またラフィオンが小さく笑った。
それからラフィオンは自分について話した。その話を総合すると、こうなる。
彼の名前はラフィオン・セネリス。魔術師の一族である男爵家の子供。
ここは、魔法がないと立ち行かない北国アルテ。私が生前に住んでいた国ルーリスの、内海をはさんだ向こう側にある国だ。
アルテは冬が長い上に魔獣が多いので、魔法使いの力がないと国を守って行けないのだと習った。だから魔法使いは優遇される。
ただ、自分の子供が魔法使いになれるとは限らない。けれどアルテでは、魔法使いは貴族として扱われる一方で、普通の人間として生まれた場合は不名誉だと言われ、別の家に養子に出されたりするとは聞いた。
でも、売られる危険があるとは……。
だからラフィオンは必死だったのだ。召喚魔術が使えることが証明できないと、家を物理的に追い出されて悲惨な末路を辿ることになるから。
でもゴーレムを召喚できたおかげで、このまま貴族の子供として生きていけるらしい。
良かったけど……この家にいて、ラフィオンは幸せになれるのか、私は不安になる。
こんなに小さな子が、捨てないで欲しいと必死になっていたというのに、父親はあの態度だ。
魔法使いとして大成できなかったら、やっぱり隅にうずくまって生きて行くしかなくなるんじゃないだろうか。
死ぬ前の私は、気持ちを無視されて置き物みたいに思われてた。自分でも置き物なんだと暗示をかけていないと、辛かった。でもラフィオンの状況は、ずっと悪い。
ただ、今の私は生まれ変わる前の状態らしいし。人だったとしても、身分をとったら何もできないお嬢様だ。
せめて慰められたら……。
そう思って、私は自分を持ち上げているラフィオンの手を土の手で撫でた。小さいのによく頑張ったね。
するとラフィオンはくすぐったそうに笑ってくれた。
「なんだお前、慰めてくれるのか? 精霊って同情心があるんだな……」
そう言ったラフィオンは、まだ完全に気を取り直したようには見えない。まだ空元気だと思う。
だからもっと何かしようと思ったのだけど。
ふっと目の前が真っ暗になって、私は精霊の庭へ戻ってしまったのだった。
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