第19話 アルテ王国の王子という人は
「ああゴーレムが来た……けど、大きすぎないかい?」
さっきよりも、さらにだらけた状態で、ソファに寝そべっていたサリエル王子が、戻って来たラフィオンと私を見て、目を丸くする。
「あの時と同じくらいです。先日は少し離れていたので、小さく見えたのではないでしょうか?」
ラフィオンはしれっとそんなことを言った。
思いきりうそをついているのだけれど、表情を変えないのはさすがだ。でも前から、表情を消すの得意だったよね。理由を思い出して、私は少しホロリとくる。
「わかったわかったよ。そうしたら、そのゴーレムには窓の前に立っていてもらえればいいよ。眺めながら寝てるから。その間に、僕の宮殿の方をトールに案内してもらってきて。こいつは知っての通り、僕の近衛騎士隊長だからね。魔法使いとしてもそれなりの腕があるから、トールと一緒ならどこへ行っても滅多なことはないよー」
ほらさっさと行けとばかりに、サリエル王子がラフィオンを部屋から追い出す。
ラフィオンはとても不安そうな目を私に向けて、でも逆らうわけにはいかずに、トールに連れられて部屋を出て行った。
またあとでねラフィオン。
「すごい心配症だねぇー。あれかな。子供がお気に入りのぬいぐるみを手放さないのと一緒なのかなー」
つぶやきながら、サリエル王子は寝転がったまま私をじっと見る。
どうしたんだろう。何か疑われるようなことしたかな?
そう思っていたらサリエル王子が起き出して、私に近づいてきた。
……ゴーレムで良かったわ。人だったら、顔がひきつっていたんじゃないかしら。でも動こうと思ったって、ゴーレムは表情なんて作れないし。
間近に接近されると、なんだか怖い。
顔が怖いわけじゃないの。サリエル王子は顔立ちも整っている方だし、別に睨みつけられてるわけじゃない。
近づかれてる私の方だって、土で出来たのぺーっとした立体物なのよ。
だけど私、元は16歳の結婚前の女なの。記憶がある分だけ……王子って敬称がつく異性と接近するのは怖いのよ。
あげくサリエル王子は、ふんふんと何度か嗅ぐ仕草をした。どういうこと!?
「あ、やっぱりこのゴーレムだ。なんか香の匂いがすると思ったんだよ。どうしてこう、教会みたいな匂いがするんだろう」
サリエル王子の言葉に私はぎくっとする。思わず身動きしそうになったくらい。
『まさか、ケティルの影響!?』
私にも福音香臭が移った! 酷い匂いじゃないだけ良かったけど、葬式臭のするゴーレムって不吉でなんだか嫌……。
私は、ちょっと泣きたくなった。
「これ、うちの王宮の庭の土のはず、だよねぇ……? なんでだろ」
心の中で涙にくれる私のことなどつゆ知らず、サリエル王子は腕とかお腹をぺちぺち叩いて確認する。
あんまりべたべた触らないで欲しいのですけれど……。今の私はゴーレムの姿で、そもそも全部土で、私の体じゃない。だけどやっぱり嫌~。でも動いたら、変なゴーレムだってばれちゃうので困る。ラフィオンにも迷惑かけちゃうから、動くわけにはいかない。
それにしても王子って人達は、みんなどこか変なのかしら?
もし運命を変えられたら、どうにかして領地の館に引きこもりたいわ。上手く領地の運営をしてくださる大人しい方を見つけて夫に迎えて、王族とか特に王子に関わらないように生きて行きたいの。
……今のうちに策を考えておかなくてはね。精霊の庭では時間が沢山あるのだもの。
「まあいいか。とりあえずそのまま、僕を守ってくれたらいいよ、ゴーレム君」
やがて原因追及に飽きたサリエル王子は、ふらふらと部屋の奥にある寝台に移動し、寝転がった。
私はほっとしながら、その様子を眺めていた。
あ、でも殿方の寝る姿とか見るのははしたないのではないかしら? でも守ろうとするなら、対象を見なくてはならないわよね?
「ああしんど……い」
サリエル王子はつぶやきながら、ごろりと転がって横向きになり私を見る。
「ゴーレムって眠ったりしないんだよね? でもラフィオンの魔力が切れたら、お前たちは壊れてしまうんだっけ。それは困るなぁ、数時間だけしかこの世界にいられないんじゃね……。でもゆっくり眠りたい」
そうして寝台の端から端までごろごろとする。
「やっぱり着てるの邪魔になってきた。脱ごうかな……」
暇になったのか、そんなことを言い出すので、私は本当に目をそらそうとしたのだけど。
そこでふっとこちらを伺う人の姿を見つける。
窓の近くに貼りついて、こちらを伺う人の姿。たぶん王宮の召使いなのではないかしら。髪をまとめて黒いスカーフで覆い、茶色のワンピースにあちこち汚れた生成りのエプロンを身につけている、二十代くらいの女性だ。
格好からすると、掃除をする召使いだと思う。
中に人が居なければ掃除をしようと思って来たのかしら? そう考えた私だけど、ちょっと待って。掃除道具を一切持っていないわ。
じゃあ覗き!?
まさか! と思ったけれど、もしそうだとしたら私がやるべきことは一つ。
目を覚まして、こんな変態に自ら近づいてはならないと、示すべきよ。ついでに王子から顔を背ける大義名分ができたわ。
私はどすどすと窓に近寄った。
土でできた直方体のゴーレムがいるとは思わなかったのだろう。覗いていた召使いが、慌てて逃げて行ったけど。
あら。なんだか手にナイフなんていう、穏やかじゃない代物が握られていたのだけど。
……暗殺?
「ありがとうゴーレム君」
するとサリエル王子が私にお礼を言ってきた。
さっきのことを忘れて振り返ったけど、王子は別に服を脱いだりはしていなかった。そうして寝台に起き上って、微笑んでいる。
「すぐに捕まるような刺客は、追い払いたかったんだよね。ゴーレムなら目撃されても、自分の顔がばれていないと思って、同じ人がしばらく来るだろう?」
『え、刺客?』
「まるきり隠れているのがわかるような人が暗殺に来てくれた方が、こちらも楽だからね。本当にありがとう」
サリエル王子の言葉を総合するに、どうやら彼は暗殺されそうになることが多いらしい。
そうして暗殺しようとする人の中には、まるきり人を殺したことがない人がいる。そういう人の方が発見しやすくて、警護の人間さえいれば安全だから、泳がせておきたい……ということかな?
なるほど。彼は本当に、戦える味方が欲しい人なんだなと私は納得した。
ラフィオンに目を付けたのも、そのため?
なんにせよラフィオンの出世のためだものね。毎月一度らしいけれど、守る任務はがんばるとしましょう。
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