第20話 王子の従者のゴーレム生活

 それから本当に月に一度、召喚された。

 むしろラフィオンは、なぜか月に一度しか私を呼んでくれない。どうしてなんだろう。


 考えているうちに、今日も午前中の三時間程、眠っている王子を見守る任務を終えた。

 もう六回ぐらい同じことを繰り返してきたので、慣れたものだ。あれからは暗殺しそうな人も見かけなかったし。最初の時のように、王子が変なことを言い出したりもしないので、とても気が楽。

 

 時間になると、鼈甲の装飾が美しい扉が開かれ、黒のお仕着せを来た、サリエル王子の侍従達が入ってくる。

 最初に出会った時、サリエル王子を拘束していた人達は、みんな侍従だったらしいの。

 彼らと一緒にラフィオンも入室してきた。


 ラフィオンは侍従というより、王子が私的に召し抱えた使用人という形になったらしい。そのため侍従さん達とは少しだけ違い、紺色の上着にベストと黒のズボンを身につけている。

 ラフィオンの金の髪に映えて、とても良く似合っていた。


 最近のラフィオンは、表情の暗さが少し良くなったかなと思う。

 前はいつでも警戒しているような雰囲気があったから。あれから、ラフィオンの側では六か月経っているので、そういう変化があってもおかしくはないのよね。

 あと身長が少し伸びた気がする。だけど数日おきに見ている感覚なので、はっきりと伸びた! とわからないのだけど。


 そんなラフィオンは、私の召喚を解く前に少し話をしてくれる。

 この一か月の出来事が中心だけど、王子のことなんかも話してくれた。

 

「あの王子は、このアルテで唯一の王子なんだけどな。強い魔法が使えないから、軽んじられているらしい。通常の火の魔法は使えるようなんだがな」


 アルテの王族というのが、火魔法の家系なのだという。

 そもそもここ、アルテは北国だ。私の故国ルーリスよりも寒い時期が長い。ラフィオンと出会ったのは春で、今はもう秋になってしまったけれど。既にそこそこ寒くなってきている。

 ……ゴーレムは寒暖を感じないから、とても助かったわ。


 とにかく森を切り開き、他の人々を温める火が使える魔法使いが、建国当時はとてもありがたがられたのだという。

 で、サリエル王子も火魔法は使えるのだけど、あまり強力な魔法が使えないらしい。


「だから次の王に、ふさわしくないんじゃないかという話も出たことがあったと聞いた」

『それで、暗殺者なんでものが来るのね……』


 王子なのに暗殺者だなんて、ずいぶん殺伐とした環境だと思ったら、そういうことか。魔法使いの国らしい理由ではあるけれど。


「ただ、妹の王女に王位をという話にはならないみたいだね。彼女は弱い魔法しか使えない上に、母方の家系の血が強く出てしまったせいか、雷の魔法しか使えないんだ」

『火魔法使いが代々王様になってきたのに、それでは妹は継げないわね……』

「だから王様はサリエル王子を世継ぎにすると決めてる。今度は火魔法使いの家系の娘を王妃にしたら、次の代には満足できる火魔法使いが生まれるだろうからと。でも、それぐらいなら王族から、もっと火魔法を使える人間を王位につけろと言う派閥があるらしい」

『なるほど、それが暗殺者の製造元なのね』


 しかも王族となれば、王様も手を出しにくいだろう。なにせ王子の魔法は誇れるほどには強くない。万が一のことがあれば、王族から養子をとって王位につけるしかないのだから。


「だからマーヤ。君がゴーレムとしては壊れてしまっても大丈夫だとは聞いたけれど、用心してくれ。呼び出し続ける限り、いつ暗殺者と戦うことになるかわからないから」


 ラフィオンは今でも、私に王子の護衛をさせることを済まなく思っているみたい。

 私が『ラフィオンの出世のためだもの、協力するよ』と書いてみせたのに、それでもラフィオンは納得いかないらしいの。

 だから余計に心配するのだろうけれど。


 私は他のことで少し気をもんでいる。

 やっぱり、暗殺者が出没する王子の側にいたら、内緒の手紙なんて送れないわ……。元の私が、変なことに巻き込まれてしまいそうで。

 あと二年半後、ラフィオンが騎士になる時を待つしかないみたい。


 そのラフィオンの方も、毎日訓練をしている。

 私はゴーレムとしてではなくて、精霊だけの状態で時々それを見ていた。

 魔法が使えない時に必要だからと剣術の訓練を行い、今まですることもできなかった乗馬の練習もしていた。


 外を元気に駆け回っているラフィオンを見ていると、私も安心した。

 やっぱりあの男爵家の館ではなく、多少キナ臭くても、ラフィオンはここに来てよかったんだと思えたから。

 近衛騎士にまでなると、自分で家を持つこともできると話していた。

 それを聞いても夢がふくらむと思えないのは、おそらくラフィオンの実家の人間を、今でも警戒しなければならないからだろうか。


 王子の近衛騎士、トールがラフィオンに話していた。


「君は魔法のことで目をつけられたのだろう? 完全に相手に勝てる状態になるまでは、表だっては魔法の練習をしない方がいい。午前中は、貴族達は王宮に来ないから、殿下の宮の庭で練習するんだ」


 あの兄に勝てる魔法が使えるようになるまでは、隠れての練習を推奨していた。

 それで正解だったと思う。

 ラフィオンが剣術を教えてくれている近衛騎士と一緒に、王子の宮を離れて、王様のいる本王宮に行った時、私はそう思った。


 一度だけ、兄レイセルドとすれ違ったことがあった。

 その時、憎々し気につぶやいたのが聞こえた。


「しょせん、魔力の低い王子の従者だからな」


 蔑む言葉だった。

 ラフィオンは男爵家で過ごした10年で磨かれていた無表情を発動させ、むっとした顔も見せずに通り過ぎた。


 見ていた私は、ラフィオンがまだ蔑まれる立場にいるから、レイセルドは手を出さないのだなとわかった。

 ラフィオンが初歩の魔法しか使えないから、自分はまだ上にいる。王子の側近くに仕えるのは腹立たしくても、王子の評判が良くないからまだ溜飲を下げているんだろう。


『というか、セネリス家かレイセルドが、王子とは反目する派閥にいるのかしら?』


 そうでなければ、うっかり近くの者に聞こえそうな場所で、わざわざこんなことは言うまい。


 もし、王子が強力な魔法を使えるようになったら。

 ラフィオンが騎士になって、様々な魔法を使えると知ったら……何かしら邪魔をしてくるんでしょう。

 トールの言う通りにしているからこそ、ラフィオンは見逃されている。

 だから騎士になるまでは、たぶんラフィオンは安全で居られるだろう。

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