第42話 火竜の要求

『マーヤったら本当に卵のまま召喚されてたんだね! びっくりだよ! それ苦しくないの? どっか飛んでっちゃったりしないの?』


 知りたがりの火竜の子アスタールは、うきうきとしながら私に話しかけてくれる。


『大丈夫よ。召喚主以外には、精霊にしか姿も見えないし声も聞こえないだけ。それで、お願いがあるのだけど』


『なんか言ってたよね。お願いって何?』


 大人の竜の頭の上にちょこんと座り直したアスタールに、私は説明する。

 話を聞いたアスタールは、うーんと唸った。


『困ったなぁ。まだ僕、そういう契約ができる年じゃないんだよね』


『そういえば、何年前に生まれたの?』


『んー、たしか去年? だけど普通に竜として戦うには、だいたい十年は必要みたいで。一度は脱皮しないといけないって言われてる』


『脱皮……』


 トカゲというより……なんだか蛇みたいね?

 竜って現世の物質が元になっているから、そういう成長の仕方になるのかしら?

 とりあえずアスタールに頼むのは難しいけれど、その保護者の方にも伺ってみましょう。


『アスタール、あなたの保護者さんは応じて下さるかしら?』


『うーん。父さんどう? ちょっと契約してみたりしてくれる?』


 アスタールが尋ねてみてくれる。

 しかし彼を頭に乗せている父親の竜は『けっ』と言った。


『この精霊が、お前の知り合いなのは分かったがなぁ。なんで好き好んで人間なんぞと契約しなくちゃならん』


 予想通りの拒絶の言葉に、私はうつむきたくなる。

 それはそうよね。私にとってラフィオンは小さい頃から見守って来た相手だけど、アスタールの父には関係の無い人だもの。

 すぐに諦めるわけにはいかないわ。


『何か、認めて頂く方法はありませんか? 契約したいと思って下さるために、必要なことを教えて下さい』


『あ、無茶だよマーヤ』


 アスタールが止めてくれたけれど、彼の父竜が早々に答えてしまう。


『あっはっは。そんなもんは一つしかねぇよ卵。強い奴には従う。だからこそ戦って勝てば召喚の契約を結んでやってもいい』


『勝……つ』


 私は父親の火竜を見る。

 貴族の館くらいの大きさがある。片翼で家を十個ぐらいは楽に覆えそうだ。


 ラフィオンを見下ろす。

 とりあえずは私に任せてくれることにしたらしいラフィオンは、じっと私の姿を見上げている。傍らの木よりも小さな彼に、この火竜を倒せるの?


 よく考えてみれば、私はラフィオンがどれくらいの召喚術が使えるのかわからない。

 そもそもラフィオンは、火竜と戦って倒すつもりで来たのだろうか。

 もしくは、私の交渉の仕方が良くなくて、もしかすると戦う以外の方法があったのかもしれないわ。


『少し待って下さい。彼と話をする時間を下さい』


 ラフィオンと打ち合わせる時間が欲しい。そう思ったのだけど、アスタールの父親はその時間すらくれなかった。


『戦いに待つなんて言葉はないんだよ卵。わしの力が借りたいっていうなら、力を証明してみせろ!』


 火竜が雄たけびを上げる。

 その頭から落ちかけたアスタールが、振り落とされない安全圏なんだろう、炎の鬣の中に隠れてしまった。


『ラフィオン、戦って勝てって要求されたの!』


『わかってる。危険だから避難しろマーヤ!』


 ラフィオンも、最初から戦う以外にないと思っていたのかもしれない。

 すぐさま空クラゲをいくつも召喚して、火竜に向かわせた。


『ほう。そこそこ魔力がある人間のようだな』


 火竜は面白そうに言いながら、遊んでいるかのように空クラゲを一匹ずつ炎で焼いて行く。

 クラゲ達は炎で蒸発するように消えて行った。


 あれ、痛くないのかしら。空クラゲは魔獣なのよね? というか現世に体を持っている精霊はみんな痛みを感じたりするはずなのよ。

 それなのに、次々と投入していくラフィオンが、ちょっと怖く見える。


『なーんだこんなのしか召喚できずに、わしを倒そうとしたのか?』


 火竜は余裕を持って、残した空クラゲを蹴りつける。

 クラゲの方はぽよんとそれを弾き、反動でゆらゆらと火竜から離れてしまった。


 代わりに、ラフィオンの手元から光が空に駆け上がった。

 空に雲が立ち込めた……と思ったけれど、雲ではなかったみたい。木の枝のように細かな光が空を覆い、白い雲のようにふわっと煙った瞬間に、雨が降り始めた。


『げ、俺嫌いなんだよこれ』


『冷た、冷たー』


 雨は相性が悪いのだろう。さすがの火竜も嫌そうな声を出す。アスタールも騒ぎ出した。

 でも雨だけじゃ火竜を倒せない。どうするの!? と思ったら、ラフィオンは再びクラゲを召喚し始めた。


『おいおい、何のつもりだよ……』


 呆れ声の火竜が、それでもと火を吐いて空クラゲを倒していく。

 その度に雨に当たったクラゲから、大量の蒸気が上がり、火竜の姿を覆って行った。

 まさか視界を塞ぐのが、ラフィオンの手? でもそれだけじゃ、空に上がっても火竜を倒せないのに。

 どういうつもりなのかしら。と思ったら、ラフィオンの姿が地上にない。


 思わずラフィオンどこ? と言いそうになってしまった。

 何かの作戦だと思うのに、それを邪魔してしまうところだったわ。


 そしてラフィオンは、いつの間にか空クラゲに乗って空に上がっていた。

 ラフィオンが何かを投げつけた。

 気づいた火竜がラフィオンに火を吹きかけようとする。


『ラフィオン!』


 炎に撒かれるより先に、ラフィオンはクラゲの上から飛び降りる。

 さらに下にいた別のクラゲに飛び乗ると、ラフィオンは召喚した。


『来い、ケティル!』


 呼び声と同時に、火竜の背中で黒い光が弾けた。

 一瞬後に現れたのは白い毛並みを雨に打たせたケティルだ。


『背中を削れ!』


 ケティルはラフィオンの指示を聞いて、火竜の背中であの黒い煙を発生させる。

 火竜が叫んだ!

 逃れようとしてめちゃくちゃに動くが、ケティルはどうやっているのか離れず、そして黒い煙もはがれない。


『父さん!』


『ぎゃああああっ、何てもの呼び出してんだよあの人間! 冥界の使者なんて洒落にならん! わかった! お前に召喚されてやるから、こいつだけは勘弁してくれ! うちの子まで巻き添えになる!』


 うん。怖いよね。あの黒い煙に飲みこまれた巨大ネズミの群れを私も思い出して、ぞっとした……。それにアスタールまで巻き添えとか、死んじゃうわ!


『ケティル中止だ!』


『ふうん。仕方ないね』


 ケティルは黒い煙を収め、軽やかに地上に飛び降りた。

 そしてラフィオンは空クラゲに降下させて地上に戻り、実に悪そうな笑みを浮かべてみせたのだった。

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