第41話 火竜が現れた

 その願いが叶ったわけではなかったと思う。

 でもラフィオンが足を止めるしかないような、劫火が空から降り注いだ。

 目の前が真っ赤に染まるような勢いだ。


 ラフィオンが飲みこまれてしまうかもしれないと焦ったけれど、彼はそれを察したのか、先に退いてくれていた。良かった!


 炎が消えると、空クラゲも風鷲もいなくなっていた。

 地面に黒焦げになった何かの塊が……。いえ、あまり考えないようにしましょう。

 それよりも、上空にいる者のことを気にするべき。


『やけたー』


『わしが吹けば何でも黒こげだからな。綺麗なもんだろ』


『ぞくぞくするよ~』


『そうだぞ坊や。血が騒ぐだろう? ハッハッハッハー』


 空に緋色の生き物がいた。

 姿は大きなトカゲに似ている。そして翼を動かさずに広げているだけで滞空している――竜だ。

 先ほどの炎は、この竜が吹きつけたものなのだろう。


 私の耳には、竜の会話らしきものが聞こえているから、間違いなく竜は精霊に近い生き物に違いない。

 その竜は、誰かと会話をしながら地上を見ているみたい。


『お、なんか争うのを止めてしまったぞ?』


『えーつまんないー』


 しょんぼりした子供の声に、大人の男性のような声が答えた。


『仕方ない。それじゃ場を荒らした奴らを、血祭りに上げてしまうか』


 火竜がキシャアァァと声を出しながら、口を大きく開けた。

 炎を避けてこちらとは距離をとっていたレイセルドも、危険な気配を察したんでしょう。慌てて別な風鷲を召喚してその場を離れようとした。


 けれどそう簡単に火竜もレイセルドを逃がそうとはしなかった。

 そちらに首を向け、襲いかかった。

 レイセルドは風鷲の背に乗った上で、背後の火竜に向けて、剣から炎をほとばしらせる。でも相手は火竜だ。


『わしに火が効くわけがなかろう、人間よ』


 そう言って笑った火竜は、炎を飲み込んで、それを風鷲に吹き返した。

 風鷲の翼の端が焼ける。

 悲鳴を上げた風鷲は、落下しながらもさらに遠くへ逃げる。


 ある程度追いまわした火竜は、やがて私達のいる方へと進路を変更した。

 だめだわ。このままでは危ないと思った私は、ラフィオンを避難させようとした。


『ラフィオン、危ないわ。今のうちに一度隠れて、態勢を立て直して……』


「だめだマーヤ、このチャンスを逃すわけにはいかない。あいつは争いの気配に引かれて来たはずなんだ」


 ラフィオンは剣を収め、召喚魔法を使おうとした。

 でも問答無用で攻撃しちゃったら、ただ喧嘩を売るだけになってしまわないかしら?


『待ってラフィオン! まず私が話してみるから!』


「マーヤ? おい、危ない!」


 私は急いで竜の方へと浮き上がった。

 あの炎は怖いけど、でも姿が小さすぎて見えないと、呼びかけても空耳だと思われてしまうかもしれないから。


『お願い聞いて! 私精霊なのだけど、どうか召喚主の話に耳を傾けて欲しいの!』


 私の訴えは、近くまで接近してきていた火竜に届いたようなのだけど。


『なんだ今の声は。精霊が竜にお願いだと?』


『父さん、あれ。目の前に精霊がいるよ』


 火竜は誰かの声に促されて周囲を見回し、ようやく私を見つけて目をぐわっと見開いた。


『はぁー!? 精霊の卵じゃないかよ! なんで精霊の庭から出て来てんだよ』


『卵だけど召喚されてるの!』


『嘘だろおい。騙されて、邪法か何かで呼び出されたんじゃないのか?』


 意外に火竜さんは私のことを心配してくれた。あ、結構いい人なのかもしれない?


『違うのよ。私が名前を教えたの。それで精霊の卵のままでも呼んでもらえるのよ。それぐらい私は召喚主を信用しているの』


 本当は、何も知らずにうっかり教えてしまったのだけど、そのことは内緒だ。

 でも火竜は信じてくれなかった。


『精霊の卵に名前なんてあるわけない。お前は人に騙されているんだ』


 火竜がぐわっと牙が並んだ大きな口を開ける。喉の奥から、ちろちろと火が覗いていた。

 やだ、これじゃ勘違いでラフィオンが黒焦げにされてしまうわ!


『今その召喚主とやらをぶっ殺して、解放してやる』


『わー! だめだめ! あの、私は前世人だったの。その時の記憶があって、今でもマーヤって名前で呼んでもらってるから、それが精霊としての名前にもなっちゃってるのよ!』


『え、マーヤ?』


 その時、ぴょこんと竜の鬣のような炎の中から、小さな竜が顔をのぞかせた。

 火竜の子供なのだろうか。私でも抱きかかえられそうな大きさの体は、ちょっと灰色っぽい。金色の目はくりくりとして可愛くて、聞こえてくる声もやや甲高い子供特有のものだった。

 でもこの子竜が私の名前を知っているってことは。


『精霊の庭で、私に会ったことがある竜の卵ね!』


『マーヤ久しぶり! 僕、マーヤにつけてもらったアスタールって名前、今でも使ってるよ!』


 やったわ! 私が名前を付けた子だった!

 ……ただし、やっぱり時間の流れがおかしいのか、まだ精霊の庭から旅立っていない子だったから予想外だけど。


 ひとまずは話を聞いてくれそうな相手を見つけられて、良かったわ。

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