第44話 思いつきました
精霊の庭へ戻った後も、私は悩んでいた。
アスタールのお父さんを、説得できたわけじゃなかった。
結局ラフィオンは自分の力で、火竜との契約をつかみ取ったんだ。
「もう、私って必要ないんじゃないかな」
ラフィオンは私をゴーレムとして召喚してくれない。
話したいと思ってくれるのは嬉しいけれど、私の役目って知恵袋的な感じのものしかないのかしら?
ゴーレムになった時は驚いたわ。何かできることが嬉しかった。
精霊のままで呼ばれてしまうと、本当に話しかできないのよ。だから……もどかしいのよね。
ラフィオンが炎で焼かれないように盾になることもできないんだから。
「……自分でゴーレムになれればいいのに」
ラフィオンは私を呼んではくれるのだから、現世で危ないと思った時に、自分でゴーレムに変化できればいいのよね。とはいっても、私は召喚魔法が使えない上、召喚を行った本人が土の体の中に入ることってできないだろうし……。
悩んでいると、通りすがりの精霊がくすくすと笑った。
『マーヤって変よね』
『変……かしら?』
土の上を転がっていた精霊は、モグラみたいな形をしている。
彼女は私がモリーと名づけた精霊だ。光る球体の中で丸まった状態になって、ごろごろと白い花を咲かせる植物の周りをぐるぐると回る。
回りながら話せるって、器用よね。
『やっぱりマーヤは元が人間だからだと思うの。他の精霊は……あたしもそうだけど、呼び出した魔法使いに対して、どうこうしてあげたいとは思わないからね。相手の状況をじっくり知りたいとも思わないし』
『でもね、ちょっと誰かを心配する気持ちはわかる』
そう言って止まったモリーは、自分の胸の辺りに手を当ててみせた。
『マーヤほどはっきりしたものじゃないけど、なんとなくこの心の中に、誰かを思う気持ちだけが残っているんだ、あたし』
「え、あなたも記憶が……?」
『記憶というほどのものじゃないのよ。ただ、切ないような気持ちだけが残ってて、時々どうしてなのかなと思ってて……。マーヤの話を聞いてて思ったの。たぶんあたしにも前世というものがあって、とても心配な人がいたんだろうなって』
私はモリ―の言葉に泣きそうな気持ちになる。
ああ、モリーはその気持ちだけを引きずってしまうほど、とても大切な誰かがいたのね。もし私がラフィオンのことを忘れてしまって気持ちだけが残ってしまったら、どれほど悲しいだろうと思う。
苦しい気持ちを、解消する方法もわからないまま。ただ辛さだけを抱えているだなんて。今までそれを黙っていられたモリーは、とても強い人なんだろう。
「辛いでしょうに……モリー」
『あたしは大丈夫だよ。精霊の庭に来た頃は、なんだかよくわからなくて、時々むしゃくしゃしてしまったけれど。マーヤに名前をもらった後、なんとなくこれが記憶していた感情だったんだって思いついてからは、落ち着いたんだ』
私が名前をつけることで、モリーの中の何かが変わってしまったんだろうか。それでもモリーが辛くないのなら、その方がいい。役に立てたのなら嬉しい。
「他にも何かあったら言ってちょうだいね、モリー」
『特にはないかな。むしろあたし、そろそろ旅立ちそうな感じだし』
え、モリーも旅立っちゃうの?
驚く私に『だから、話したんだ』と言われた。
『うっかり会えないままあたしが現世に生まれちゃったら、どうしようもないから。マーヤに恩を返したくて』
「恩だなんて。私なにもしていないわ?」
『してくれてるさ。皆言ってるよ。名前を知っている精霊が沢山いると思えば、現世に行っても怖くない。いつか会って、もう一度遊べる楽しみができたって』
そうなの? みんな喜んでくれている?
「でも私、ラフィオンのためにずいぶん皆のお世話になってしまったわ」
名前をつけたからこそ、頼ることができた。
むしろ名づけだけで、私はかなりみんなからの恩恵を受けている。いつか精霊になった時には、恩を返さなくてはと思っているくらいなのに。
『だからマーヤは、呼んでくれるでしょう? そうするとお互いに会う機会が増える。今までにも呼ばれて嫌がった奴なんていないだろう?』
「ええ……」
『ただ本当は、マーヤ自身に呼んでもらえたら嬉しいけどね。召喚魔法で呼ばれたら、呼んだ人間の言うことを聞いてやらなきゃいけないだろう?
他の有象無象に頼まれるより、マーヤの友達なら頼みを聞いてやってもいいなと思うから、みんな気にはしないだろうけど』
モリーが言うことはなんとなくわかる。
ラフィオンがだめというわけではなくて、この精霊の庭に居た時のように、精霊だけで遊びたいと思うことってあるわよね。
アスタールもそうだった。ケティルだってアラルとおしゃべりするのを楽しんでいたし。
私もカイヴとおしゃべりがしたい。
「私も、皆のことを呼べたらいいのだけど……」
そうしたら、勝手にゴーレム変化計画も上手く行くわよね?
でも人じゃない以上は……ん? 人?
「エリュー!」
『おやおや、今度は何を思いついたんだろうねぇマーヤ』
もはや私が奇矯なことを言い出すのに慣れたらしいエリューは、朗らかに笑ってくれる。
「あのね、先日私が卵でいるために貰ったエリューの葉って、常用すると危険なの?」
『は? いいや……。ちょっと私との結びつきが強くなるというものだがね。基本的には、一時的にお前の魔力を増やすだけだと思うよ。その副作用で、現世での体を作れたから、人として勘違いされたのだろう』
「魔力ってことは、私にも魔法が使える?」
『精霊だからねぇ。人間のように必要な魔力を引き出したり引き寄せたりする言葉も要らないだろうけど』
そう聞いたら、私はもう自分の思い付きを試したくてたまらなくなった。
「お願い! 一枚ちょうだい!」
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