第8話 ラフィオン~ぶつけられる悪意

 初めて召喚を成功させた日から、ラフィオンは何度も召喚術を訓練し続けていた。

 早く上位の魔獣を召喚できるようになりたかった。


 ゴーレムは初歩の召喚術の中でも、難しい部類のものだ。

 他の召喚術の成果が思うようにいかないからと試して運よく成功したものの、それだけではラフィオンの身の安全が確保できない。

 強い召喚術が使えなければ、貴族には名を連ねていられても、やはり恥だからと表には出さないように隅に閉じ込められるだろう。


 ラフィオンの父セネリス男爵は、魔法の強い子供以外は全て分家に捨てさせている。

 なにもかも、元は侯爵家だった本家を再興するため。見栄を張るためだ。


 セネリス家は、曾祖父の時代に隣国との敗戦の責任を取らされて領地を削られ、そのまま没落した。

 末子だった祖父は分家として地道な功績を上げて、男爵位を獲得していて、この家だけがセネリスの貴族家として残ったのだ。


 けれど父にしても現在いる子供たちにしても、目覚ましいほどの魔法の力は持っていない。

 薄らと侯爵家が隆盛していた時代を知っている父には、我慢ならないのだろう。


 そう教えてくれたのは、ラフィオンの母だったか。


 思い出しながら、ラフィオンは黙々と魔法を練習した。

 姉ティファナに呼ばれて採寸する時以外は。

 その甲斐あって、召喚術が成功した。


 地面に描いた魔法陣から飛び出した金色混じりの茶色い小鳥は、呼び出されたことに興奮しているのか、周囲を飛びまわった。

 雷を呼ぶ魔獣、|雷鳥(らいちょう)の雛だ。

 パチパチと火花を散らし、騒いでからようやくラフィオンの差し出した腕にとまった。


「はぁ……。雛はこういうところが難しいとは、本に書いてあったけどな。お前ははしゃぎすぎだ」


 ため息をつきながら言うも、雛はくいっと不思議そうに首をかしげるだけだ。

 理解できないらしい。やはり初心者が呼べる程度の魔獣だと、子供過ぎるために扱いが難しい。

 同時に、やはりゴーレムに召喚した精霊のマーヤは、特別なんだなと感じた。


「ま、言葉が通じなくても、操るのは魔力だ。……そこの木に、雷を落とせ」


 魔力を込めた声で命じると、雛は飛び立つ。

 雛の周囲に火花がいくつも現れ、そこから発生した雷が、真っ直ぐに小さな木を打ち据える。

 空気を震わす、かなりの音が出た。雷が落下した地面も、少し揺れた。


 しまった、とラフィオンは思う。

 こんなにも大きな音が出るとは思わなかったのだ。これでは他の人間の注意を引いてしまう。

 急いで雷鳥の雛の召喚を解いた。ふっと消えた鳥の姿を確認して、急いで魔法陣を足で消した。そして立ち去るまで、それほどの時間はかからなかったはずなのに。


「騒がしいと思ったら、お前か」


 館の方から歩いて来る、背の高い青年。

 金の髪はラフィオンと同じだが、やや目つきの悪い顔立ちはラフィオンの父と同じだ。琥珀色の瞳がじっとラフィオンを睨みつけてくる。


「お騒がせしました、レイセルド兄上」


 ラフィオンは無表情に徹するようにして、うつむいた。

 しおらしくすること以外、なにをしても仕方ない。この家で、最もラフィオンを殺したいと思っている人間の前では。

 そのまま急いで逃げようとしたが、腕を掴まれ、引き倒された。

 地面に打ち付けた背中が痛い。ついた手も擦りむいたのかじりじりと痛む。


「さっき呼び出したのは、雷鳥か」


 暴力的なことをしたのに、落ち着いた声でそう言うレイセルドに、とっさに答えられない。すると背中を蹴られた。


「うっ……」

「早く答えろ」

「雷鳥の、雛です」


 答えると、レイセルドが鼻で笑った。


「お前、父上にこの家に残留の許可をもらったらしいな。残念なことだ。お前がいずれこの家を出て行くと思ったからこそ、見逃してやっていたのに。掌の大きさのゴーレムだけならまだしも、本格的に魔獣を呼び出し始めるなど目障りだ」

「うぐっ」


 もう一度背中を蹴られる。

 でも腹を蹴られなかっただけましだとラフィオンは思う。

 現状、セネリス家で最も召喚術に秀でているのが、レイセルドだ。だから父は、レイセルドがラフィオンに怪我をさせても、多少の折檻をしても見て見ぬふりをする。

 それを覆すためには、ラフィオンが有望だと思わせなければならない。だから急いでもっと強い魔獣を呼び出せるよう訓練していた。そうしたら、父は家のためにラフィオンへの手出しを禁止するだろう。


 けれど間に合わなかった。

 痛みで頭の中がいっぱいになっている間に、レイセルドは何かを召喚した。

 閉じていた目を開けてちらりと見上げれば、空から降りて来る巨鳥の姿が見える。木のように大きな灰色の……|風鷲(かざわし)だ。


「出ていけ。忌々しい奴隷の子め」


 起き上るより前に、風鷲の手に掴み上げられた。

 爪が食い込む。苦しい。

 もがく間にも、ぐっと息が詰まるような感覚とともに、風鷲はラフィオンを掴んだまま飛び立った。


「このままじゃ……」


 風鷲の気まぐれで、手を離されたら地上に落下して死ぬだろう。


「母上と、生き残るって約束したのに……っ。おい風鷲! 指示を聞け!」


 ラフィオンはありったけの魔力を込めた声で命じる。

 風圧でよく見えないが、風鷲がぴくりと頭を動かしたような気がした。


「ゆっくりどこかに降りろ!」


 風鷲が視線をきょろきょろとさせ始める。

 言うことを聞こうかどうか迷っているのだろう。もう飛んだ距離からしてレイセルドの影響下から離れたから、ラフィオンの声が耳に届くのに違いない。


 ラフィオンは諦めずに何度も呼びかけた。

 声と、風鷲を引きつけるものが何かあったのだろう。ふいに風鷲が降下を始めた。

 降りたその場所は、どこともしれない広大な森の中だった。

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