第9話 呼ばれてみれば危機でした!

 その時私は、仲間と別れを惜しんでいた。


『もうすぐ僕、現世に生まれるんだって』

「お別れなの? 今までありがとう……」


 私はとても寂しいけれど、旅立ちを祝ってあげるべきなんだと思う。精霊の庭にいる卵達は、みんな現世へ行きたがるから。このもふっとした毛玉みたいな犬っぽい精霊も、とても嬉しそうに尻尾を振っている。

 ……光の球で覆われているから、このもふもふ尻尾に触れないのが悔しい! 精霊の卵ってそういうところがちょっと不自由だ。

 とにかく彼の旅立ちだ。祝ってあげなくては。


「現世に行ってもがんばってね……」

『でも精霊って何をがんばるのかな?』


 素で返された。しかし私もわからないのよ。どう答えたらいいかしら。

 するとエリューの笑い声が聞こえた。


『頑張る必要はないかねぇ。精霊は存在することに理由がある。雨が降るのと同じことだよ。荒れ狂うことすら、自然の一部のようなものだ』

『じゃ、とりあえず散歩する』


 精霊だけどやっぱり犬っぽい。お散歩と聞いて心がほっこりしてしまった。


『また会えたらいいねマーヤ』

「うん。会ったら尻尾に触らせてね」

『そういえば、精霊同士って呼んだら声って届くのかな?』

「どうなのかしら? 一度名前呼んでみる? 私が召喚された時って声は出せないのだけど」

『……ちょっとお待ちなさい』


 会話の途中で、エリューが制止してきた。何かだめなことをしたかしら。


「どうしたのエリュー?」

『名前を呼んでみる……って、どういうことなの?』


 エリューの声が、震えてる。

 あ、悪かったのそこなのね。

 うん、私もちょっと図に乗っちゃったかしらって思ったの。でもみんながマーヤだけずるいって言うんですもの。応じたらお揃いって喜んでくれたし、私も嬉しかったし、それに呼びにくいものだから……こう。


「ごめんなさいエリュー。私、何人かに名づけてしまったの」

『ま、まああああやあああああああ』


 吠えるとも、風がごうごう鳴る音ともいえるような声で、エリューが叫んだ。

 こんなに激昂したエリューを見るのは初めて。だけどほんとにごめんなさい。

 ……悪いことだって知らなかったの。


 犬型精霊さんは、エリューに『絶対に名乗っちゃだめ!』ときつく言い含められる途中で、現世へ旅立った。

 ふっと消えてしまうので、あっけない。

 そろそろ……と教えてもらえなかったら、お別れも言えなかっただろう。


 寂しいなと思っていたら、どこからか《マーヤ、おいで》と声が聞こえた。


「あら、ラフィオンの声?」


 つぶやいて行かなくちゃと思ったら、目の前が暗転。

 そして次の瞬間には、どこかの森の中に立っていた。


『ええと』


 明らかに、前に出現した庭じゃないわ。木がうっそうと茂っている。

 ラフィオンはお出かけをしたのかしら。

 しかし周囲に道らしいものもない。こんなところで何を……と思ったら、ラフィオンが細い木に背中を預けるようにして座り込み、ぐったりとうなだれていた。


 服の腕の部分は引き裂いたような痕まである。暗い色のズボンも、あちこちひっかき傷ができて、靴は泥だらけだった。

 ちょっ、どういうこと!?

 私は慌て、思わず手を上下にばたばたさせてしまう。

 すぐに気づかなかったのは、どうも今回の私は、ラフィオンよりちょっと大きいぐらいのゴーレムになっていたからみたい。

 足元を見ると、前と形がおんなじだったので、あいかわらず長方体をくっつけた形をしているんでしょう。


 それよりもラフィオンのことよ。状況がわからないんだけど、とにかく助ければいいの!?

 身動きできないラフィオンを担いで行こうかと、側に膝をついてみたら、彼が顔を上げた。

 頬も土で汚れて痛々しい。

 なのに微かに微笑んで目をすがめて、私が入ってるゴーレムを見る。


「マーヤか? やっぱりお前を召喚するのは楽だな」


 そう、私マーヤよ? 召喚したってことは何かして欲しいのよね?

 どうしたらいいの? 私ってそもそも深窓の令嬢なものだから、こういう時にどうしたらいいのかとか、ほとんどわからないの。

 消毒薬とか布があれば、怪我の手当はできるのだけど。

 だから教えて? と思っていたらとんでもないことを言い出す。


「最後に会えて良かった」


 最後って何なの!?


「兄に……殺されそうになって、なんとか回避したんだが、ここは魔獣の巣だ。もう魔力も残り少ないだろうから、初めて召喚できた上、名前を知ってるマーヤを呼んでみようかと思って。ごめんな。俺、もうお前を呼んでやれなくなるみたいなんだ」


 うそうそ。なぜそんなことを言うの?


「さっき、小さな魔獣を倒したんだ。けど倒した魔獣の血の匂いをかぎつけて、他のが寄って来る……。だけど俺はもう、走れそうにないから。最後にお別れぐらいは言おうと……」


 そこまで聞いたところで、わたしはラフィオンに背を向けてしゃがみこんだ。


「マーヤ?」


 動けないのかと思い、私はじりじりとラフィオンに近づいて背中をくっつけてやった。

 早く乗ってくださいな! 私が保つ間だけでも遠ざかりましょう! 私が運んで行くわ!

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