第14話 ラフィオン~驚きは連続で襲いかかる 1

 正直、ゴーレムと手を繋いで歩く日が来るとは思わなかった。

 森の中を進みながら、ラフィオンは頭がぼんやりしてくる。自分は、夢でも見ているんじゃないだろうかと。

 そもそも、ゴーレムを呼び出せたのが奇跡だった。


 召喚魔法の使い方は単純だ。

 与えられた魔獣についての本と、言葉に魔力を乗せる方法を口頭で教えられて、そこから自力で呼び出すために必要な言葉を模索する。

 自分の魔力に合い、そして呼び出したい魔獣を引きつける言葉を探すために、魔法使いは様々な辞書や魔獣の文献を読みあさって試す。


 教えられた通りにしたけれど、ラフィオンは超初歩的な召喚が上手く行かなかった。

 それでも諦めずに召喚を続けようとしたのは、母に魔法が使えなければ殺されてしまうと教えられたからだ。


 才能がないのかもしれないと絶望しながらも諦めなかった。

 そんなある日、父や兄レイセルドが出払った日を狙い、古い書物を押し込んだ書庫を漁っていた時、何代前かのセネリス侯爵家当主の手記を見つけた。

 何でもいいからきっかけが欲しいラフィオンは、その手記を黙って持ち出した上で、むさぼり読んだ。


 そこに書いてあったのだ。

 召喚魔法でも、自分と合いにくい特性のものがあると。


 火や水や風を起こすような、基本的な魔獣を扱えない子供の一人が、驚いたことに影の魔獣を呼び出したことがあったらしい。

 影の魔獣は、恐ろしく強い魔獣だ。

 結局その子供は、実体がない魔獣を呼び出すことに長けていたのだという。


 ラフィオンは、自分はこれかもしれないと思った。

 だから基本的な魔獣ではなく、特殊な魔獣を探してゴーレムに行き当たった。

 ゴーレムは土の精霊と、その魂となる精霊を呼び出さなければならない。二種類の精霊が必要になるため、かなり特殊な召喚だ。


 しかも呼び出したゴーレムは名前持ちの精霊が入っていて、ラフィオンを慰めることまでしてくれた。

 マーヤの存在が、ラフィオンにとてつもない安心感を与えてくれたのだ。

 それどころか、命令がなければ動かないはずのゴーレムなのに、マーヤは自主的に判断して、ラフィオンを守ってくれる。

 ラフィオンの知識ではそうそうあり得ないことだ。


(名前を持つ精霊は……やっぱり特殊なんだろうな)


 マーヤが自発的に行動したりする、少し変わったゴーレムになるのもわかる。

 それを改めて再認識したのが、強力な魔獣として名高い、冥界の使者を友達だと言った時だ。

 犬のように撫でまわして、しかも番犬代わりについて来させることまでした。

 でもそれ以上に、ラフィオンは別な意味で戸惑うことがあった。


 ラフィオンの脳裏に、先ほど見たものが浮かび上がる。

 冥界の魔獣が出した、黒い水のような煙。そこに、水面のようにマーヤの影が映っていた。

 でも見えたのは、長方形の石を組み合わせたような姿ではない。


(女の子……だった)


 髪の色は良くわからないけど、明るめで、緩く波打っていた。

 レースがふんだんに使われたドレスは、姉ティファナが着ているものよりも数段豪華だったと思う。

 そしてマーヤが振り返ろうとした瞬間、造りの小さな顔が見えたのだ。


(あれは、精霊としてのマーヤの姿なのか?)


 人の姿をしている精霊だとしたら、かなりの上位精霊だ。

 相手は精霊だ。人間じゃない。

 でも自分と数歳しか違わない女の子の姿を見てしまうと……今まで背負ってもらったり、子供のように抱っこされたりしたことが、無性に恥ずかしくなる。

 あげく今は、子供のように手を引かれて歩いているのだ。


(絶対、絶対にもう背負われたりはしない……っ)


 早く強くならなくては。

 そう心の中で決意した後、一時間ほど歩いただろうか。

 前を歩いていた、冥界の使者が足を止める。グルルルルと低く唸る声は恐ろしいが、どうやら目がマーヤの顔に向いているので、会話をしているのだろう。

 ややあって、マーヤが地面に文字を書き始めた。


『近くに人間がいるみたい。そこまで送り届けたら、私もそろそろ住処に帰るわね』


 まるきり、迷子を保護した大人みたいな言葉を書かれて、わけもなくラフィオンは落ち込む。

 たぶん自分は精霊を使役する側だ、という気持ちがあるせいだろう。

 けれど拒否するわけにはいかない。マーヤが居なければ、冥界の使者もラフィオンを先導してくれなくて、ここまでたどり着けなかったのだから。

 そのマーヤは続けて書いた。


『この精霊は、見送りはここまでにするって。人間はすぐ自分を怖がるからって。むしろラフィオンがあまり怯えなかったことに驚いているみたい』

「…………」


 実はとても驚いた。最初は殺されてしまうと思って怖かったのだ。

 ただマーヤがラフィオンの方をあまり見ていなくて、気づかなかったのと、冥界の使者が普通の犬みたいにマーヤに撫でられるのを見て、拍子抜けしたからだ。

 だけど、マーヤには教えない。


 立ち上がったマーヤは、冥界の使者に手を振った。

 すると冥界の使者はやっぱりグルルルルと唸り、ふっと姿を消したのだった。

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