第24話 舞踏会の夜に 3

 私は最初から話した。


 五年後の世界で、私は殺されそうになって崖から落ちて死んでしまったこと。

 目覚めたら精霊として生まれ変わっていて、人間だった頃の記憶を持っていたこと。その後ラフィオンに召喚されたことも。


「人間だった頃の記憶を持っていた、精霊……」


 反芻するラフィオンに、うなずいてみせる。


「ややこしいのだけれど、死後はやっぱり精霊になるから、精霊の私がいなくなるわけじゃないの。今まで通り私のことを召喚できると思うわ」


 ラフィオンはその辺りを心配しているかもしれないから、ちゃんとそこも付け加えておく。


「だけど、できればあんな死に方もしたくないし、もう少し長く生きたい。お願い、なんでもするから、どうか未来の私を助けてくれないかしら? ラフィオン」


 どうあっても、ここでうなずかせないと。そう思った私は、その場に膝をついて握っていたラフィオンの右手を額に押しあてて懇願した。

 こんな風に話せる機会は、もうないかもしれない。だから今、返事が欲しいの。


 ラフィオンの方は、いきなり詳しい事情を聞かされて戸惑っているようだった。飲み込むだけでも時間がかかるだろう。

 でも、待っている時間はそれほど長くはなかった。


「女の子が何でもするなんて言うな、マーヤ」


 ラフィオンは優しくそう言いながら、自分も膝をついて私の背中を支えて、立ち上がらせようとする。


「でも私、こんな変な頼みごとをしてるのに、返せるものが何もないもの」

「大丈夫。沢山もらっている」

「本当? 後で足りないなんて言わない?」


 私にそう言われたラフィオンは、困ったように微笑んだ。


「そうしたら、思いついた時に一つだけ、願いごとを叶えてくれるか?」

「わかったわ」


 ようやく折り合いがついた、と私は思ったから、それで私は引くことにした。

 そうしてペンと紙を用意してもらい、手紙を送る先を書く。


《ルーリス王国。王都レクタル。マーヤ・ロディアール侯爵令嬢》


 書いた紙を、ラフィオンはしばらく凝視していた。


 その間に私は『自分への手紙』も書いてしまう。私の字はそんなに変わらないもの。開いたら自分が書いたものだってわかるわよね? で、異国の魔法使いから、未来の自分からの伝言を送られてきたという形にしたら、記憶にとどめてくれると思うの。


 そうしたら、あの全ての原因だった『殴ってしまったわ』事件も回避できるはず。

 ミルフェにも注意するでしょう。

 特にこの二つを避ければ、私の人生は16年では終わらないはず。

 15歳の秋、くれぐれも王家の花の離宮には行かないで。ミルフェと仲良くしすぎないでっと。


 あと、信じてもらうためにも、自分しかしらないことも書いておきましょう。

 お母様の形見のブローチを、伯母様が物欲しそうに見ていたので慌てて隠したのよ。それを、教会の隅にある煉瓦の穴に突っ込んで、煉瓦の欠片で埋めてわからなくしたの。

 15歳の時、妹にこっそりあげるまで、そこにあるはず。


「書いたわ。この紙を入れて出してくれたら、それだけでいいの」


 受け取ったラフィオンは、確かに約束すると請け負ってくれた。王宮からだと誰かが警戒したり、中身を見てしまうかもしれないから、外へ出た時にでも、という頼みも聞いてくれた。

 やっぱりラフィオンは良い子だ。


「ありがとう」


 ようやく目標が達成できた。感極まった私は、思わず近くにいたラフィオンにだきついてしまう。


「ちょっ……」


 ラフィオンが恥ずかしがったけれど、離してあげない。もう少し成長したら、もうラフィオンに気軽にこんなことできなくなりそうだもの。たぶん、これが最後。

 でもすぐに大人しくなったラフィオンは、私が腕を離したとたんに予想外の行動に出た。


「そうだマーヤ。ずっとお礼が言いたかった」


 さっきとは反対に、ラフィオンが私の側で膝をついた。

 改まられてびっくりした私の右手を、ラフィオンが握る。


「君のおかげで、命を救われた。しかも一人で生きて行く方法まで手にいれられた。ありがとうマーヤ」


 握られた手の甲に口づけられて。

 唇の感触がやけにはっきりと感じられた。

 背中がぞわりとする感じに戸惑う間に、ラフィオンが顔を離しかけたところで、さらにつま先を唇がかすめた気がした。


 なんだか目が覚めるような気がした。

 え? 今のは何?


「もっと沢山話したい。だけど、君がその姿のままでここに居続けるのは危険だ。サリエル王子も興味しんしんだったみたいだし。もう君の世界へ帰るといいマーヤ」


 その言葉に、魔力が込められているのがわかった。

 そうして心配そうなラフィオンの顔が見えなくなって……。気づけば私は、精霊の庭に戻っていたのだった。

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