第40話 レイセルドとの戦い

 私も一度だけ見たことがある。

 ラフィオンと似た金の髪。目つきの悪い琥珀の瞳。

 あの時よりも年をとって、私よりずっと上の青年らしく見えるようになっている。


 ラフィオンの兄、レイセルドだ。

 空を飛んできた彼は、ラフィオンよりごく少ない時間で移動して来られたのだろう。貴族らしい装いの裾を風に揺らしながら、ゆっくりとラフィオンに近づく。


「討伐は成功したというのに王子と一緒に戻って来ないと聞いて、何を画策しているのかと思ったが……。王子の側にいる人間で、火竜に挑める召喚魔法使いはお前ぐらいだからな」


 二十歩ほど離れたところで、レイセルドは立ち止まる。


「しかし私にとっては好機だ。王弟殿下の手の者がお前に随行していた人間を排除してくれたのだから、今お前がここで死んでも、火竜に敵わなかったのだと王子も思うはず。だからここで死ね」


 レイセルドの背後で、風鷲が舞い上がる。

 そのまま一気に、ラフィオンを鋭いかぎづめで捕まえようとしてきた。


「くぅ……っ」


 ラフィオンは転がるようにして避け、風鷲は近くの木を破壊してまた空に舞い上がる。

 このままじゃラフィオンが殺されちゃう! でも誰に助けを求めたらいいの?


 カイヴはお昼だから無理。ケティルの煙は空まで届かないわ。

 誰か空を飛べて、鳥が嫌がりそうで……。だめ、思いつかない!


『やめて、ラフィオンをいじめないで!』


 私は風鷲に向かって行った。でも風鷲は精霊には近くない存在みたいで、私を認識できないようだ。

 目もくれずにラフィオンへ向かおうとする。

 一方ラフィオンもやられたままではいなかった。


 ラフィオンの前に、チカリと光を放ちながら何かが召喚された。一抱えあるような、金の羽が混じった茶色の鳥だ。

 長い尾をひらめかせて飛んだ鳥は、風鷲の前をよぎりながら雷を放つ。

 けれど風鷲の方が強いのかもしれない。雷で痛がる様子もない。迷惑そうに鳥を見ているが、意識は確実にラフィオンからそれていた。


「おい、そんな鳥などかまうな!」


 レイセルドが怒鳴るが、風鷲は雷鳥が気になって、首を右に左にと向けてしまう。

 その時、ラフィオンが何かを呼び出した。

 私には一瞬何を呼んだのか把握できなかったけれど、ピギャー! と言いながら、雷鳥が逃げた。

 風鷲も戸惑っている。


 ラフィオンの前に現れたのは、薄青い半透明の生き物だ。パンみたいな胴体に、沢山の長い足が垂れ下がっている。

 時々、湖の近くに現れる空クラゲだ。名前の通り、いつもは空高く浮いていて、捕食する時だけ地上に降りてくるの。私も避暑地で、姿を見かけたことがあるわ。


『ふぉーんふぉーん』


 このクラゲの方が、鳥達よりも精霊に近いみたい。鳴き声らしきものを出しているわ。

 足をゆーらゆーらとさせながら近づく、ほとんど同じ大きさのクラゲが苦手なのか、鷲が空へ舞い上がった。

 空クラゲも追いかけてふよっと浮くけれど、風鷲は避けるように退く。


「おい、そんな軟体動物など、さっさと引き裂いてしまえ!」


 レイセルドの命令に、風鷲と空クラゲの格闘が始まった。

 襲いかかる風鷲を、空クラゲの触手が押さえる。

 爪で引き裂くも、胴に絡みつかれた風鷲が、身動きができない。

 そこで風鷲が嘴で、膨らんだパンみたいな空クラゲの頭を突き刺す。


『ふぉおおーん』


 空クラゲの声が、空気を震わせている。振動で近くの木の葉がびりびりと震えていた。

 あれは怒っているのかしら……?

 ラフィオンの傍まで退避した私は、彼に逃げるように催促しようとした。

 けれどラフィオンの方には、レイセルドが抜身の剣を持って迫っていた。


「面倒な魔法を使って……。それなら私が手ずから殺してやる。どうせ先ほどの衝撃で、まだ立てないだろう」


 卑怯だわこの人! 先に風鷲のせいで怪我をしてるところを狙うだなんて!


『ラフィオン、私を召喚して!』


「……っ」


 私が戦うわ! と思って頼んだのに、ラフィオンは召喚をすることなく、立ち上がって自分の剣を抜いた。


「まだ抵抗するのか、奴隷の子が……。お前はいつもいつも目障りだ」


「俺に、お前殺される理由なんてない。従う理由もな。その様子では、急いで王都から出発して来たんだろう。ここでお前が死んだ場合も、行方不明になったと思われるだけだ。死体は川にでも落としてやる」


 睨みつけるレイセルドに、ラフィオンの方も溜まりに溜まっていた怒りを、面に晒した。

 怖い。だけど召喚魔法を使ってくれないと、私には止めることもできない。


「威勢だけはいいことだ。だが、この剣にお前が勝てる確率は万が一にもない」


 レイセルドは、自分の指先を剣の刃に滑らせた。とたんに剣から炎が吹き上がる。

 ラフィオンが目を細めた。


「血の契約の精霊か……」


『血の契約? 何?』


 私の疑問に、ラフィオンが心の中で応えてくれる。


『名前以上に、精霊を厳しく服従させる契約があるんだ。それが、血をもって契約することだ』


 名前を呼ぶことを許す契約なら、どうしても召喚されてしまうという形の強制力が働く。

 でも血の契約はもっとキツイらしい。


『精霊を倒し、捕えて、特定の血統に永遠に仕えさせる方法だが……』


「この剣に封じられたのは、火竜と同等の精霊だ。お前にこれを防ぐ手はあるまい?」


 一歩近づいたレイセルドに、ラフィオンは悔し気な表情になる。


「それか……。父上を追い払って手に入れたものは。セネリス家に伝わっていたものだろう」


「父上の能力では、どうせこの剣は使えん。それならば使用できる者が宝剣を得て当主になるべきだ。そう言ったら、真っ青な顔をして譲ってくれただけだ」


「契約を引き継ぐ方法を盗んで使えるようにした上で、脅したんだろう。今まで従っていたふりをしていたのは、その剣の契約方法を知るためか」


 ラフィオンの言葉に、レイセルドは答えなかった。

 剣の切っ先をラフィオンに向けて、レイセルドが言い放つ。


「この宝剣で、冥界へ送ってやる。死ね!」


 炎がラフィオンに向かって吹き出す。

 悲鳴を上げるしかない私の目の前に、どっと落ちて来たのはクラゲと風鷲だった。

 風鷲が悲鳴を上げ、クラゲが蒸気を吹き上げた。

 その間に、ラフィオンは白く煙る蒸気の中へ突っ込もうとした。


『やだ、ラフィオン!』


 無茶よと言っても、止める手がない。

 現世に具現できないことが、こんなにも辛いと思うだなんて。


『お願い誰か、ラフィオンを助けて!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る