第39話 火竜を探しましょう

 まずは呼ぶ方法よね。


『ラフィオン、精霊を探すコツというものはあるの?』


『精霊を探す……難しい召喚の場合は、相手を探しに行くこともあるが……』


 考えたラフィオンは、背負い袋から何かを取り出して立ち上がる。


『一番いいのは、近しいものを用意することだ。先日の、月影の精霊の時には、冥界の使者を呼ぶために使っている、黒水晶を使った。月影も冥界の精霊だからだ』


 ……なんということでしょう。カイヴとケティルってお仲間だったのね。だからこう、敵の倒し方が怖かったんじゃないかしら。今さらながらに納得したわ。


『ただ火竜は火の属性かもしれないが、それだけではだめだ』


 ラフィオンもいずれは竜を召喚したい、と思って調べたことがあるのだという。


『竜は輝くものが好きだから、そういうのを置けばいいのかもしれないが……。匂いがするものではないので、置いていたからといってすぐに竜が寄ってくることはない。

それよりも有効そうなものは、争いの気配を感じると来るという逸話だが』


『争い……といっても』


 ここには私とラフィオンしかいない。え、私は喧嘩するのなんて嘘でも嫌よ?


『もう少し手っ取り早い手段で呼べる、ささやかな精霊はいないかしら……』


 私はなにげなく辺りを見回す。精霊として生まれているわけではないから、他の精霊とどう交流したらいいのかよくわからないのよ。


 そこでふと思い出したのは、エリューの歌だ。

 精霊はみんな、卵の時にエリューの歌を聞いているのよね?

 私のことは知らない精霊でも、あの歌のことは覚えているはずだから、寄って来てくれるかもしれない。


 ……ただちょっと、歌うのが恥ずかしいわ。でもそんなことを言っていたら、ラフィオンの期待に応えられない。

 がんばろう。

 私は理由を説明した上で、精霊だから喉の調子を整える必要もないのだけど、咳払いして始める。


『俺はこーやのむーら育ちー。あさーもばーんも畑おこしー。なんにもかーもなさすぎてー。まーじゅうだって来やしないー。なーにもないのーがうーちの村―。だけどさーけは最高だー』


 歌を耳にしたラフィオンが、非常に苦悩した表情になる。

 成長しても中性的な雰囲気が強いラフィオンがそういう顔をすると、何か辛い目にあって悩んでいる人のようで、気の毒になるわ。


『なぁマーヤ……本当にそれが、精霊の生まれる場所で歌ってる……』


『歌ってたわ。精霊の庭を管理してる樹が』


『うそだろ……』


 衝撃を受けるのも無理はないと思うの。私も最初はびっくりしたもの。

 エリューが壊れちゃったのかと疑ったわ。


『あの、もっとちゃんとした歌はあるのよ? ただ、たまに飽きたのかこういうのも歌うことがあって……。気に入っているのか、これをよく歌うの』


 他のエリューの歌は、基本的には言葉がないから、鼻歌でなぞるしかない。

 けれど音階の連なりを再現するには、三人ぐらい仲間がいないと難しいのよ。それで、一人だけでもなんとかなりそうなものを選んだの。


 すごく昔、エリューが記憶を持っていた精霊から教えられた歌なんですって。


 あんまりにもちょっと……だから、私は流行のもうちょっと可愛い恋歌をエリューに教えたのだけど、過去に生まれている精霊にはこっちの方が聞き覚えがあるはず。

 とっても恥ずかしいけど、ラフィオンのためだもの!


 灰色の土のせいか、照り返した日差しがやけに明るく感じるその場所で、私は羞恥心を押さえて歌いきった。

 最後まで聞いたラフィオンが拍手してくれる。


『マーヤ……俺、君のことを尊敬する』


『……どういたしまして』


 褒められても面白くないわね……。それにものすごく疲れたわ。精神的疲労で。

 それにしても、こんなに恥かしいことに耐えたのに、誰も来なかったらどうしましょう。

 そう思った私だけれど、周囲のひょろひょろとした低木の近くに、小さな蝶のような影がいくつも見えた。そしてささやきも。


『エリュー』


『エリューが歌ってた』


『精霊?』


『精霊がいるけれど、近くにいるのは人間よ?』


 彼らは蝶のような姿の精霊みたいだ。

 よかった、エリューの歌に誘い出されてくれたのね。

 私は彼らを驚かせないように、ラフィオンから離れてから話しかけた。


『こんにちは。教えて欲しいのだけど、この近くで火竜を見かけなかったかしら?』


『火竜?』


『竜なら、もっと山の方』


『いつも蒸気が出てる辺り』


『ありがとう』


 礼を言った私は、ラフィオンの元に戻る。

 どうやら召喚していない精霊と私の会話はラフィオンは聞き取れないようなので、内容を彼に伝えた。


『そうしたら、もっと山へ……』


 ラフィオンが言いかけた時だった。

 さっと地面に落ちる影。

 強く吹きつけた突風に、ラフィオンが吹き飛ばされる。


『ラフィオン!』


 転がったラフィオンは、近くの木にぶつかって止まった。うめき声に、私は悲鳴を上げる。

 怪我をしたの? あんなぶつかり方をして、骨は折れてない!? 慌ててラフィオンの側に飛んで行く。

 その時、空から巨大な灰色の鳥が地上に降りて来た。そして鳥から、乗っていたらしい人物が地面に立つ。


「こんなところにいたのか……」


 人の声にぐっと顔を上げたラフィオンは、目つきを険しくした。

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