第31話 王子王女の事情

「おー、すごかったねー」


 召喚した精霊達が消えると、サリエル王子が近づいて来ようとした。

 それを途中で近衛騎士隊長のトールが侍従達に指示して止めさせ、ラフィオンの方に来るように手招きする。


 ラフィオンがまだ召喚の解除をしないので、私ものしのしとついていくことにした。

 戦い終わったら速やかに戻るのが召喚された精霊の本分なのかもしれないけど、私としては今の状況を知りたい。

  そもそも今、手紙を出してくれた日から何か月経ったんだろう。……って、聞けばいいんだわ!


『ラフィオン、今日は討伐に来たの? あれから何か月経ったの?』


『前に会った時から、六か月くらいだ。今日は討伐だけど、わけあって王女殿下も一緒に来ることになったんだ』


 話しているうちに、ラフィオンはサリエル王子の前に到着した。


「殿下申し訳ございません、一匹逃してしまいました」


 地面に膝をついて報告するラフィオンの姿は、前によりもさらに大人びて見えた。

 背がまた伸びただけではないと思うの……。姿勢が綺麗だから?


「大丈夫だと思うよ。仲間を二匹も失えば、あの大海蛇おおうみへびもしばらくここには近づかないだろうからね」


 侍従三人に囲まれたサリエル王子は、気楽そうに言った。


「しかし取り逃がした大海蛇が、戻ってきては……」


「問題ないでしょう。大海蛇も仲間が殺された浜には、数年は近づかないと聞いています。十分に今回の討伐は成功したと言っていいはずです。それに……」


 トールが大丈夫な理由を補足した上で、暗い笑みを浮かべた。


「この近場の浜というと、他の貴族の管轄ですからね。そうそうバイロン公爵家のものでしたか。王子と王女達が二匹も倒したのですから、一匹ぐらい自力でなんとかなさることでしょう。殿下方に、ろくに討伐もできないだろうとこの一件をけしかけたのですからね」


 どうやらグレーティア王女まで討伐にやってきたのは、王族としての力量を問われてのものだったみたい。

 トールさんはそのことをとても苦々しく思っていたようだ。きっとそのバイロン公爵に、ひどいことを言われたんだろう。


「というわけだから立ってラフィオン。今すぐ着替えた方がいい。僕達の窮地を救ってくれた君に風邪を引かせちゃいけないからね」


 サリエル王子に促されて立ち上がったラフィオンは、表情を変えずに「はい」とうなずいた。

 その時サリエル王子の横に、先ほど兄に羽交い絞めにされていたグレーティア王女がやってきた。


「私からもお礼を言わせてラフィオン。おかげで、今すぐ嫁ぐのは回避できそうだわ」


「いえ、殿下の命令ですので」


 非常に素っ気ないラフィオンの答えにも、グレーティアは笑みをくずさない。


「謙遜しなくていいわラフィオン。私本当に感謝しているのよ。バイロンのところに嫁に行かされたあげくに、お兄様を追い落とす手助けをするのは嫌ですもの。……本当に。お父様ったら最近めっきり押しが弱くなってしまって」


「仕方ないさー。従兄弟殿には父上も手助けされてしまった経緯があるからね」


「私達の魔法が、もっと強ければ……。お兄様にもご負担をかけることはなかったのに」


 グレーティアが唇を引き結んで眉間にしわをよせる。サリエル王子は、そんな妹の肩を叩いてなだめた。


「むしろグレーティアは、魔法が弱いからこそ外国に嫁いだって問題ないわけだから、そういう形で解放されることを考えたらどうだい? もうすぐいい機会が来るだろう」


「相手によりますわ……と言いたいところですけれど、現状ではそれしか逃れる術がありませんものね。頑張りますわお兄様」


 話を聞きながら、私は首をかしげる。

 グレーティア王女は、バイロン公爵という人と結婚の話が持ち上がっていたの? だけど嫌がっていて、そのために討伐に参加して成功させた実績が欲しかった?

 立ち上がって、近くに繋いでいた馬に乗ったラフィオンに私は聞いてみた。


『ラフィオン、この討伐に王女様が参加していたのは、縁談を断るためなの?』


『そんなことに興味を持ったのか? そうだ。グレーティア王女は国王陛下の従弟にあたるバイロン公爵と、結婚した方がいいという話が出ていた』


『結婚した方がいい?』


 微妙な表現に疑問の声を上げると、ラフィオンがうなずく。


『王子よりも王女の方が魔法の力が弱い。ごく初歩の魔法が使えるだけなんだ。王族として討伐の務めが果たせないなら、王族の血を守るために自分と結婚してはどうかと言ったんだ、バイロン公爵が。でも公爵が王女と結婚したら、サリエル王子は確実に消される』


『消される?』


『バイロン公爵の方が、強い魔法が使える。元からこの国の貴族の中には、魔法の力が弱い王子に継がせるより、強い魔法を使える貴族と王女を結婚させて、そちらを国王にしろという人間がいるんだ』


『なるほど……』


 だからか、と私は思い出す。

 王子が私を見張りに立てていたこと。見つけやすい暗殺者を野放しにしていることを。

 サリエル王子は王位を狙う人だけじゃなく、魔法の力が弱いという理由でも小さい頃から色んな人に殺したいと思われていて、だから不安なのね。


 ラフィオンを部下に引き入れたりしたのは、自分自身に力が足り無くても、部下の力量があれば問題ないと示すためなのかな?

 だとしても、立場が弱すぎて兄に殺されかねなかったラフィオンを助けてくれたことは感謝してるの。私では時間に限りがあって守り切れないもの。


 そもそもアルテ王国は、魔法を使えることが貴族の条件みたいなところがある。いずれ国王になる王子だからこそ、なおさらサリエル王子は厳しい目で見られるんだろうな。

 そして魔法の力が弱いグレーティア王女は、彼女の意志など無視して兄の政敵に嫁がされそうになって、討伐にも参加できることを証明したかったんだろう。


 ただ不安だわ、と思う。

 今の所、サリエル王子は部下の魔法頼りだ。

  今回もラフィオンがいなければ……私が上手くアラルを呼び出すことができたから討伐ができたけれど。ラフィオンが居なくなったら……まずいことになるのではないかしら。

 兄にも睨まれているのに、ラフィオンが他の人にまで殺されそうになったらどうしよう。


 そんな不安を抱えていた私だったけれど、ラフィオン達が逗留している宿につく前に、私は解呪されることになった。

 だからその前に私は頼んだ。


『ラフィオン、もし良かったら召喚魔法を使わずに私のことを呼んでくれると嬉しいわ。私単体でもラフィオンの側に呼べるのよ。姿は見えないと思うけれど。実は今までにも、ラフィオンが何回か私の名前をつぶやいた時に、呼ばれて側にいたことがあるのよ』


『え……』


 ラフィオンは驚いて自分の口を塞いでから、はあっと深いため息をつく。

 機嫌を損ねてしまったかしら? 謝ろうとしたけれど、ラフィオンに言われる。


『名前を知っているせい、なんだな?』


『たぶんそうなの』


『わかった。俺も聞きたいことがあるから、それで呼べるならゴーレムとして召喚するより楽だから、後で試してみる』


 ラフィオンにそう言われて、私は心が浮き立った。

 良かった。怒っていないみたいだし、もっとラフィオンと話せるのね。


 そうして精霊の庭に戻った私だったけれど。

 ようやく思い出した。手紙作戦が失敗だったことを伝え忘れてしまったわ……。

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