第33話 サリエル王子からの頼みごと

  部屋は、たぶん宿で一番広い部屋なのだと思う。

 それでも人が入り切れるほどではないからか、廊下に数人の騎士が待機していた。

 扉の前ではトールが待っていて、ラフィオンと一緒に中へ入る。


「お疲れラフィー。そこ座ってくれていいよ」


 部屋に入ると、サリエル王子がグレーティア王女と並んでソファーに座っていた。

 サリエル王子が、こいこいとラフィオンを手招く。


 私はラフィオンの襟元からちょっと頭をのぞかせてるような状態になるのだけど、気づいていないようだ。良かった。

 ラフィオンは、サリエル王子とグレーティア王女の向かい側に座った。


「悪かったね、一人だけ海水まみれにしてしまって」


「いえ、殿下方に被害が及ばなくて私は安心しました」


「君、本当に叙任後から堅苦しい子になっちゃったよね、ラフィー」


 サリエル王子の言葉を、ラフィオンは無言でやり過ごした。

 応じる気がない話題だとはわかっていたのか、サリエル王子もすぐに本題を切り出す。


「そうしたらまず、あの火焔鳥について聞こうかな。前から呼び出せたっけ?」


「練習はしていました。いまいち成功はしませんでしたが。どうも今回は、蛇の中に飲みこまれた火喰い鳥の遺骸に反応したようです」


「私の火喰い鳥ちゃんに?」


 アラルを呼び出すために使った火喰い鳥の骨って、グレーティア王女の飼い鳥だったものね。私と同じくらいの年齢の王女が、魔獣を飼っていたことに驚くけれど。


  もしかすると、弱い魔法しか使えない状態を補強したくて、飼育していたのかもしれない。

 話に入って来たグレーティア王女に、ラフィオンはうなずいた。


「同質の魔獣がいると、召喚しやすい精霊だったようです。そのため火喰い鳥のいた蛇の腹の中に召喚され、ああいうことになりました」


 ラフィオンの説明に、サリエル王子達は不思議そうな顔をしながらも、一応納得はしたようだ。たぶん、他に召喚魔法を使える人がいなかったから、そういうものだと考えるしかなかったのではないかしら。


「とりあえずわかった。それじゃ次の話なんだけど……君を休ませる前に相談しておきたいことがあるんだ。あれだけの魔獣を召喚できる君になら、頼めそうだと思ってね、ラフィー」


 サリエル王子が、少し身を乗り出して言った。


「君に、発言力のある立場になってほしい」


 発言力? ラフィオンもよくわからないという表情をちらりとのぞかせた。そうよね。私にもこれはわけがわからないわ。だってラフィオンは、まだ十三歳よ?


「発言力……? しかし殿下。私は男爵家の人間で……」


「分かっているよ。だけど、君の元々の身分を飛び越えて、国王や他の貴族にも影響を与えられる方法があるんだ」


 サリエル王子は、珍しく真剣な表情になって続けた。


「正直なところね、今の王族の中に、代々の国王達のように強い炎の魔法は扱える者はいないんだよ。だからこそ炎を扱える、もしくは強い魔法を使える人間というのは、一目置かれることになる」


「一目置かれる……ことはそうでしょうけれど」


 ラフィオンもその言葉は否定できないようだ。これはアルテ王国が、魔法第一の国だからなのでしょうね。


「ラフィー、君はさっき火焔鳥を呼び出せた。もし良ければ、火竜の召喚を試してみてほしい」


「火竜……ですか!?」


 ラフィオンが少し驚いたように、一度席から腰を浮かせかけた。


『火竜って、そんなに難しい召喚魔法なの?』


 尋ねた私に、ラフィオンは答えてくれる。


『火の属性では、おそらく一番強い召喚魔法だと思う。それに一つ問題があるんだ』


『問題?』


『火竜は……魔法だけでは呼べるようにならない。本人と会って契約を結ばなければならないんだ』


 え……それはつまり。


『王子は、ラフィオンに火竜の巣へ行けと言っているの!?』


『そういうことになるな。おそらく火竜を倒さないと、契約できるかわからない』


『危険よ!』


 ラフィオンが怪我をしたら。むしろ怪我だけで済まなかったとしたら……!

 不安で心が張り裂けそう。だけどラフィオンは、少し考えた後で意外と冷静に私に言った。


『王子も危険なのは分かっている。だから頼みたいという形で俺に話しているんだろう。ただ俺としてもそう悪い条件ではない……かもしれない』


 そう言ったラフィオンは、サリエル王子に尋ねた。


「一つ確認したいのですが」


「何だいラフィー?」


「火竜と契約を結んで、爵位を得た人間がいると聞いたことがあります。それを、私にもできますか?」


 あ、と私は思った。

 ラフィオンは火竜を呼び出せるようになったら、家と決別できると思ったのね。


「今のままでは、何かあれば……爵位を継いだ兄が私の行動の妨げになるでしょう。だからこそ、火竜との契約を結ぶことで爵位が得られるのなら、挑戦します」


『え、爵位をって。お父さんは亡くなったの? あんなに元気そうだったのに』


『急に、体調を崩したと言って爵位を兄に渡したんだ。……何か企んでいるかもしれない、と思っている』


 私はあの殺伐家族の顔を思い浮かべる。

 父親は、ラフィオンの名前が挙がれば満足な様子だったけれど、兄の方は、なんとしてでも潰したいだろう。そのために、父親から爵位を取り上げるようなことをしていたとしても、おかしくはないと思うわ。

 ラフィオンが爵位と独立を望む気持ちは理解できる。


 一方のサリエル王子も、それについては危惧を抱いていたのでしょう。


「そういう例は過去にもある。わかった。僕が父上にかけあってなんとでもしよう」


 ただできれば、とサリエル王子は付け加えた。


「四か月後までに、火竜と契約してほしいんだ。ルーリス王国の王子の訪問前に」


 え、今なんて言ったの?

 ルーリスって!? 私の国の、あの変な要求をしてきた王子のことではないの?

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