第30話 その言葉が通じる時
また、ラフィオンに呼ばれた気がした。
その時手に持っていた骨から炎が吹き出す。
『え、これは!?』
ゴーレムの体だから持っていても熱くはないので、じっと燃える骨を見つめてしまう。
ややあって炎がぶわっと大きく膨れ上がった。そのまま周囲を埋め尽くしたかと思うと、炎が収束していった末に鳥の形になった。
鋭い嘴の、すらりとした首の長い綺麗な炎の鳥だ。
『あ、マーヤだ』
鳥は親戚の子供のように気さくに言って、炎で出来た赤金の翼を楽し気にバサバサ動かす。
『本当に、アラルなの?』
『だよー。俺の名前ってまだほとんど誰にも教えていないから、突然呼ばれてびっくりしたよ。しかも性質が近しい魔獣の遺骸を元になんて、けっこう古い手浸かったみたいだけど誰に教えてもらったんだい?』
くいっと首を傾げるアラルに、私はケティルから教わったのだと話した。
『今ね、ケティルが私と同じ召喚主に呼び出されてて、それで教えてもらったの』
『俺もケティルに会いたいー今どこ?』
『外なのよ。そしてここは大きな蛇の魔獣のお腹の中で、出られなくて困ってたの』
短く事情を話せば、アラルはふんと鼻息も荒く言い放つ。
『再会を邪魔する蛇なんて、燃やし尽くしてやる!』
再びアラルの体が膨れ上がるように、炎がその場を満たした。
足下の胃液らしきものが、ぶくぶくと泡立ってるけれど、まさか沸騰しているの!?
胃壁は直接火で燃やされて、黒く変色して避けて行く。
当然蛇は痛いわよね。
大暴れし始めたせいで、私は胃の中を右に跳ねて炭化しかけた胃に突き刺さり。左に揺らされてまだ柔らかい場所に落ちたり。
わけがわからなくなっている間に、アラルは蛇の胴を焼ききってしまった。
それがわかったのは、大きく揺れたと思ったら空中に放り出されて、海に落ちた後。
大きなゴーレムだったので、底に足をつけると海面に肩から上が出るから、私は蛇を見上げたのだけど。
『うわぁ』
そんなとぼけた言葉しか出ないほど、見事に巨大な蛇は中心から焼き折られ、胴の上も下も海の中に沈んでしまった。
一体を倒してしまうと、もう一匹の蛇はおびえたように逃げて行く。それと同時に、岸を覆っていた波も引いて行った。
やった。アラルのおかげで蛇を倒せたわ!
『アラル、ありがとう!』
『大したことじゃないよー』
空から舞い降りて来たアラルは、私の頭の上に止まる。
『それよりケティルどこー』
『ケティルは……、あ、いた』
ケティルは水が引いた海岸を、こちらへ向かって走ってきていた。
私と同時にケティルを見つけたアラルは、私の頭から飛び立って、ケティルの元へ降りて行く。
アラルの方が大きいので、こちらからは炎がケティルを覆ったように見えてしまう。
さて私はラフィオンを……と思ったのだけど。
『マーヤ!』
ラフィオンの声は聞こえた。聞こえたけど「え?」と首をかしげる。
何かおかしい。
考えながら、海岸にいるラフィオンが海の中に入って来ようとしているので、それ以上沖に来ないように私も近づく。
そうして側まで来た時、ようやく変だと思う原因に気づいた。
ラフィオンが私の名前を呼んだ? でも声に出して言うはずがないのに。
「何ともなかったのか? 魔獣に食われて……」
『精霊の体の方は大丈夫なのか、マーヤ?』
ラフィオンの声が二つ、聞こえる。
『ラフィオン?』
呼びかけると、ラフィオンがはっと目を見開いて息を飲んだ。そして口を動かさずに語りかけてくる。
『マーヤ。もしかして、俺の心の声が聞こえるのか?』
やっぱり。ラフィオンは声に出して私を呼んだのではなかったわ。ケティルと私が話すように、声に出さずに心に思い描くことで話をしている。
そして私の声も、届いてる。
『ラフィオン……聞こえる。聞こえるよ……』
『俺も聞こえる……』
どうしよう。言葉が通じる。
嬉しくて泣きそう。ゴーレムは涙なんて出ないけど、今はすごく泣きたい。
『ラフィオン、もっといっぱい話したかったの』
『この間は悪かった。王子が興味を持ってお前を質問攻めにしたら、精霊だってバレると思ったんだ。あの後、案の定お前はどこの令嬢だってずいぶんしつこくされて……』
『私もごめんね。帰されたのは嫌じゃなかったし、ラフィオンの事情もわかってるから。ただあの時いっぱいお話したから、後から寂しくなったの。それで今日、ケティルと話しているのを見て……うらやましくて』
うらやましくてたまらなかったけど、今はもう、何でも話せる。
『だからこうして話せるようになって、本当に嬉しい』
そう伝えると、なぜかラフィオンが恥ずかしそうに視線をそらした。
『しかしどうしてこうなったんだ? それにあの鳥は?』
ラフィオンの疑問はもっともだ。確かに気になるだろう。召喚した覚えのない精霊がいるのだから。
『あのね、私が召喚したの。ケティル―、二人で来て来て』
『どうかしたー?』
呼べばケティルもアラルも私達の側に来てくれる。
『結局私、どうして彼のこと召喚できたの? ケティル』
ケティルは『ああそういうことか』と、ぐるぐる言いながら教えてくれる。
『マーヤの精霊としての体が、ちょっと僕と同じ冥界の質に傾いていたからだよ。冥界の質に傾いていれば、死者を通して声を世界に届かせることができるみたい。しかも呼びたい精霊と同質の魔獣の死骸っていう触媒があったから、たぶんこいつを呼べると思ったんだ』
と言ってケティルはアラルの方を向く。
『やっぱり私の性質、冥界の方に傾いてるの……』
『召喚魔法が使える人間も、そんなものだよ? ラフィオンも少し冥界に質が傾いてる』
「え、俺も冥界に体質が近いのか?」
驚いたあまり、聞いていたラフィオンもつい声に出してしまったようだ。
一方の私は、それでピンときた。
『さっき、急にラフィオンと私がお話できるようになったのって、まさか冥界に体質が傾いたから、通じやすくなったの?』
『じゃないかな? あとこいつを召喚した時に、何か噛み合ったんだと思う』
『噛み合った……』
そういえば、アラルを呼ぼうとしていた時、私は死んだ時の記憶を思い出していた。
そしてアラルを呼んでいる間、ラフィオンもたぶん私のことを呼んでくれていて……。アラルに通じた時に、ラフィオンとも何かの線が繋がったのではないかしら?
とにかくラフィオンと話せる。そのことがすごくうれしい。
すぐに『それじゃ帰るね』と言ったアラルとケティルが姿を消すのを見送った私は、もう一度ラフィオンと顔を見合わせたのだった。
ラフィオンも喜んでくれているのか、少し、口元がほころんでいた。
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